一流に学ぶ 日本女性初の宇宙飛行士―向井千秋氏

(第4回)心臓外科へ、気負いなく =職業意識で迷い吹っ切れる

 慶応大医学部の卒業を控え、向井千秋氏は患者を総合的に診察できる専門分野に進もうと思っていたが、その後迷いが生じた。6年生の時、大学の学生研修で、筋生検を見て立っていられないほど気分が悪くなったからだった。

 スキーでは競技大会で優勝し、男子学生と10キロ走をしても上位に食い込むなど、武勇伝には事欠かなかった向井氏は学内でもちょっとした有名人。それが、筋生検の小さな切開創を見ただけで気分が悪くなったのだから、話は瞬く間に知れ渡った。

 「『あの内藤(旧姓)がバイオプシー(生検)やったら倒れたらしい』とか尾ひれが付き、倒れたことになっちゃって。自分でも、とても外科は無理と思いました」

 夏休みに栃木県内の足利赤十字病院の内科研修で、病棟を回るようになったものの、救急車が到着すれば救急外来へ、緊急事態が発生すればその現場へ向かううちに、外科の領域にいることが自然に多くなった。結局、何かやるには倒れてはいられないという職業意識を強く持つようになり、外科でもやっていける自信が付いたという。「外科の手技は知識だけじゃできないから、若いうちにしっかり訓練を受けようと思った」と向井氏。人の命を助けることに直結する心臓外科を選んだという。

 「呼吸と心臓をきちんと管理できる医者になれば、少なくとも患者さんの命はつなぎ留めることができる。患者さんが倒れたとき、助けられる医者になりたかった」

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