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簡易宿泊所で老いる 第1回

 ◇故郷の写真を眺めるCさん

 70代のCさんは東北出身だ。故郷でタクシーの運転手をしていたが、あまりにも稼ぎが悪く、35歳で横浜のタクシー会社に転職した。

 56歳で人身事故を起こして失業。就職先が見つからずにホームレスになった。年末の炊き出しで知り合ったボランティアから生活保護を勧められ、寿地区の畳部屋の簡易宿泊所暮らしになった。69歳で大腿(だいたい)骨を骨折。バリアフリーの簡易宿泊所に引っ越した。

 Cさんはホームレス時代も手放すことがなかった故郷の写真を眺めては、「死ぬまでに帰りたいなあ」と嘆息した。

 ◇「ここで死にたい」と語るDさん

 60代のDさんは、昼はとび、夜は港湾の仕事とがむしゃらに働いた。そして大いに飲んだ。「人生の2回分は酒を飲んだかな」と若い頃を振り返る。

 3年ほど前からアルコールの過剰摂取に起因する末梢(まっしょう)神経症に苦しんでいる。進行性の胃がんも見つかり、「切らないと数カ月の命」と言われた。幸い生活保護の医療扶助で胃がんの切除手術を受けることはできた。しかし、体調は改善しない。

 「できることならここで死にたい」とDさんはつぶやく。理由を尋ねると、「寿町で友人もたくさんできた。ここにいれば寂しくないから」という答えが返ってきた。

 寿地区では、毎日のように救急車のサイレンが聞こえる。「最近、新しい人が入らず、空室が目立つようになった。入院してそのまま帰って来ない人も増えて来た。年寄りが多いからね」と、ある簡易宿泊所の管理人は言った。(了)

佐賀由彦氏

佐賀由彦氏


 佐賀由彦(さが・よしひこ)

 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。中でも自宅で暮らす要介護高齢者と、それを支える人たちのインタビューは1000人を超える。

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