こちら診察室 アルコール依存症の真実

「大金」手に連続飲酒に 第14回

 2年間の浪人生活の後、大学進学を親から断念させられた男性は敗北感を薄めるために酒を飲んだ。

親にもらった金で依存症が悪化

 ◇バイト時代も一人酒

 飲み代を稼ぐために男性はバイトに精を出した。

 「まだ若かったのでバイト先はいくらでもありました。何より自分の稼いだ金で好きなだけ飲めるのがうれしかったです」

 ただ、酒を飲むうれしさが楽しい酒となったわけではなかった。

 「僕の飲み方は暗い酒でしたし、尋常じゃない。人に嫌われるのが分かっているので、一人で飲むことが多かったですね」

 男性は酒をやめるその時まで、一人酒をもっぱらとしていた。

 ◇医師の警告

 酒を飲み続け、22歳になった男性は体に変調を感じた。

 「とてもだるくて、少しの酒で吐き気がするようになりました。歩くのもやっとの状態でした」

 男性は恐ろしくなって病院に飛び込んだ。

 「酒が直接の原因ではありませんでした」

 しかし、医師はこう言った。

 「君の病気はウイルス性肝炎だけど、お酒でかなり体が弱っているから簡単に感染したんだよ。酒をほどほどにしないと死ぬよ」

 さすがにその時は「酒をやめよう」と男性は思った。

 ◇入院の逆効用

 ところが、酒を断つと体は見違えるほど元気になってくる。入院中の栄養バランスの良い食事の影響もあるのだろう。「飲める体」になって退院することになる。まさに「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と言うがごとく、男性は以前にも増して元気に暗い酒を飲むようになった。

 ◇飲む金に困る

 来る日も来る日も酒を飲むので、毎朝の二日酔いが常となる。そんな朝はバイトを休みたくなる。なんとかバイトに行っても、バイト仲間は自分に近づかない気がする。酒臭いのだろうか。バイトに行っても面白くない。だから、むしゃくしゃして酒を飲む。すると、二日酔いがひどくバイトを休む。やがて、雇い主が言う。

 「もう、来なくていいから」

 次のバイトを探す。そして、また同じことを繰り返す。休みが多くなると稼ぎが悪くなり、飲む金にも困るようになる。だが、金がなくても何としてでも飲みたいのがアルコール依存症だ。

 ◇母に金を借りる

 「母から何度も金を借りました。母は怒ります。『あんたは借りると言って金を持っていくけど、返した試しがないわね』とブツブツ言いながらも、最初のうちは金を貸してくれました」

 夫とのいさかいで、つらい思いをさせたことや大学を諦めさせたことの心苦しさ、男の子に対する母親の偏愛などが入り交じっていたのかもしれない。ところが「地蔵の顔も三度」で母親は金を貸さなくなる。貸した金が飲み代に充てられることはとうに分かっていたのだが、ギリギリまで我慢したのだろう。

 「絶対に返すからと手を合わせても、金を貸してくれなくなりました。これじゃ酒が飲めません。すごくイライラしてきて『金貸してくれないなら出て行くぞ』って叫びました。そしたら『出て行くんなら出て行きなさい』って脅しも効きません」

 飲む金がなく、「何とか飲みたい」と思案を巡らせます。

 ◇飲む金をひねり出す

 思い当たったのは自分の車だった。大学受験を断念させられた時、親に買ってもらった中古車があったのだ。「車があれば、酒を飲む回数が減るだろう」との思惑が親にあったのかもしれない。確かに買ってもらった数カ月は、酒を飲むよりも車に乗る方が楽しく、飲む回数も量もかなり減った。だが、ドライブに飽きると元のもくあみに終わった。

 「じゃあ、出て行くよ。自分一人で暮らすよ。そのためには金が必要だから車を買ってよ」
男性は母親にそう言った。親に買ってもらった車を、母親に売りつけようというのだ。めちゃくちゃな理屈だが、飲む金欲しさに論理のでたらめさが分からなくなっていた。

 「そうしたら、何と母は50万円をポンと目の前に置きました。その時に母が何と言ったのかは覚えていません。泣いていたのか、怒っていたのかも思い出せません」

 男性は、目の前の金に目がくらんだ。飲む金が全てであり、母親の胸中を推量する気持ちなど、みじんも持ち合わせていなかった。

 ◇1缶のビールが火を付けた

 「その金で、本当に一人で暮らしていこうと思いました。そのためにはアパートを借りなければなりません。でも、家を出たのは夜なので不動産屋は閉まっています。それで、ビジネスホテルを見つけてビールを1缶飲みました」

 その1缶のビールが男性の連続飲酒発作に火を付けた。連続飲酒発作とは飲み出すと止まらなくなる状態であり、飲んでいるか、寝ているかの状態が体の限界まで続くのだ。

 「大金を持っているし、気が大きくなって繁華街に一人繰り出し、居酒屋で飲み始め、キャバクラやスナックをはしごし、飲み始めました。夜になるとサウナに泊まり込んでサウナで飲み直します。ゲームセンターで時間をつぶして、飲み屋が開くと飲めるまで飲む。そんなことを何日か繰り返しました」

 決して気持ちのいい酒ではない。苦しみながら飲んでいた。実際、吐きながら飲んでいた事もあった。

 「焼鳥屋で飲んでいた時に、胸のあたりが熱くなるような気持ち悪さがこみ上げてきました。『こりゃ何かいつもと違うな』と怖くなりました。いつもなら気持ち悪さを少し我慢してやり過ごせば少しは楽になることが多かった。でも、そんなのとは違うのです」

 男性は慌てて勘定を済ませて店を出た。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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