その他の脳器質性精神障害〔そのたののうきしつせいせいしんしょうがい〕 家庭の医学

 ここでは、認知症以外の脳の病気で精神症状がみられやすいものを取り上げます。ここにあげる病気でも認知症でみられるような症状が出てきますが、認知症と違って多くの病気では、もともとの病気がよくなれば認知症症状が治癒する可能性があります。

■脳腫瘍
 頭蓋(ずがい)内に原発するものと転移によるものがあります。頭蓋内の圧力が亢進(こうしん)するために頭痛、吐き気、嘔吐(おうと)が初期症状としてみられたり、てんかん発作が出てきたりします。精神症状は、腫瘍の場所によってさまざまなものが出てくる可能性があります。前頭葉では意欲の減退、無関心、上機嫌など、側頭葉では記憶障害、幻覚など、頭頂葉では失行(まひがないのに正しい行為ができない)、失認(感覚器の異常はないのに正しく認識できない)などが出てきます。
 治療は手術療法などにより、認知症の症状などの精神症状の改善が見込めます。
【参照】脳・脊髄・末梢神経・筋の病気:脳腫瘍

■脳炎、髄膜炎
 脳実質に炎症が起こるのが脳炎、脳脊髄(せきずい)膜に炎症が起こるのが髄膜炎です。単純ヘルペス脳炎は高熱、頭痛、けいれんなどとともに幻覚などの精神症状を伴うことがあり、一見精神病に見えることもあります。治療は抗ウイルス薬によりますが、早期発見が大切です。
 クロイツフェルト・ヤコブ病は、感染力のあるたんぱく質であるプリオン(BSE:牛海綿状脳症〈狂牛病〉の牛肉などにある)が原因となるまれな病気で、潜伏期間が長いのが特徴です。認知症症状、眼症状、神経症状が比較的急速に進行し、1~2年で死亡することが多いようです。いまのところ有効な治療法はありません。
 エイズ脳症は、ヒト免疫不全ウイルスが神経細胞を傷害することにより生じるもので、認知症の症状などの精神症状がみられることがあります。
 そのほかに精神症状が出やすいものに結核性髄膜炎や日本脳炎があります。また原因を特定できないウイルス性脳炎、髄膜炎も数多いもので、精神症状がよくみられますが、最近原因が特定されたものとして抗NMDA受容体脳炎があります。統合失調症に似た症状が出ることがあり、女性で卵巣奇形腫が併発している場合外科的切除がおこなわれます。

■パーキンソン病
 振戦(安静時に指がふるえて、物をつまむような動きをする)、筋固縮(筋肉がかたくなり動きがわるい)、無動(自発的な動きがなくなる)などの症状がみられる神経難病の一つです。精神症状としては、うつ病が合併しやすいこと、幻覚、妄想が出やすいこと(これは抗パーキンソン薬の副作用によることもあります)、認知症の症状が出やすいことがあります。
 治療は、種々の抗パーキンソン薬による薬物療法と運動療法が主体で、それでも効果不十分な場合に脳深部刺激療法やL-ドパ持続経腸療法が考慮されます。
【参照】脳・脊髄・末梢神経・筋の病気:パーキンソン病

■頭部外傷後遺症
 交通事故、転倒などで頭部に強い外力が加わることにより脳損傷を受けた場合、いろいろなかたちの精神障害や神経障害が生じます。受傷直後は意識がなくなったり、回復後は逆行性健忘(受傷以前のことまで思い出せない状態)が起こることがあります。回復期には、せん妄やもうろう状態(意識もうろうのなかでまとまりのない行動をする)などが起こることもあります。
 受傷後1~2カ月ころに認知症の症状が出る場合は、慢性硬膜下血腫(けっしゅ)の可能性があります。脳を包んでいるいちばん外側の膜である硬膜と次の膜であるくも膜との間の静脈から徐々に出血するのが原因です。これは血腫を吸引する外科的治療により回復します。
 後遺症にはさまざまなかたちがみられます。認知症、パーソナリティの変化、てんかん、神経症などの病状で、その程度は外傷の重症度や部位によります。薬物療法、リハビリテーションなどの適応になります。
【参照】脳・脊髄・末梢神経・筋の病気:頭部外傷後遺症、外傷[創傷]頭部外傷

■その他の疾患
 その他の病気で精神症状がみられやすいものでは、ハンチントン病正常圧水頭症てんかんなどがあります。
 ハンチントン病は遺伝性の病気で、手足やからだの踊るような不随意運動が特徴的です。精神症状としては、統合失調症に似たケース、うつ病に似たケース、認知症に似たケースがみられます。根本的な治療法はなく、からだの動きを少なくする薬物療法がおこなわれます。
 正常圧水頭症は頭部外傷や髄膜炎後に生じるもので、歩行障害、尿失禁、認知症がみられます。治療では外科的治療(シャント術)が適用される場合があります。
 てんかんの経過中に精神症状を併発することがしばしばあります。認知症、性格変化、幻覚や妄想などです。治療は、抗けいれん薬に加えて抗精神病薬などによる薬物療法や精神療法、リハビリテーションを加味します。

(執筆・監修:高知大学 名誉教授/社会医療法人北斗会 さわ病院 精神科 井上 新平)
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