麻酔薬のケタミンおよびその誘導体であるesketamineはN-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体阻害作用を有し、治療抵抗性うつ病の治療薬として期待されている。米食品医薬品局(FDA)は、2019年に治療抵抗性うつ病の成人患者に対する経口抗うつ薬との併用療法としてesketamine(商品名SPRAVATO)を承認し、製造販売元のジョンソン・エンド・ジョンソンは今年(2024年)7月には単剤療法としての承認申請を行っている。その一方で、米国では適応外でケタミンを処方する「ケタミンクリニック」が多数存在し、ケタミンの転用(横流し)などが問題となっている。米・New York University Grossman School of MedicineのJoseph J. Palamar氏らは、米麻薬取締局(DEA)の2017~23年の集計データを解析した結果、「期間中における医薬品ケタミンの横流し報告は1,355件に上り、盗難や輸送中の紛失事例が増加していた」との結果をJAMAResearch Letter 2024年12月5日オンライン版)で報告した。(関連記事「治療抵抗性うつ病、esketamineに即時効果」「ケタミンは画期的な抗うつ薬となるか?」「うつ病へのケタミン、静注なら有効か?」)

動物病院からの盗難事件も発生

 麻酔薬としてのケタミンは、ヒトと動物の両方に鎮痛・鎮静目的で使用されている。米国では精神医学領域でのエビデンスが報告される一方で、うつ病に対しケタミンを適応外処方する営利目的のクリニック、幻覚体験などを目的とした違法使用、動物病院からの盗難事件が増加している。こうした事態を受け、DEAは1999年にケタミンを「医療目的で使用可能だが身体的依存リスクが低・中程度心理的依存症リスクが高と認識される」スケジュールⅢ薬物に分類した。しかし、規制当局の監視が十分に行き届いているとは言い難い。

 そこでPalamar氏らは今回、DEAの2017~23年の集計データを解析し、医療用ケタミンの転用(横流し)報告の件数、種類、横流し先などの特徴について検討した。

従業員や顧客による窃盗、流通業者・医薬品処理業者による横流しが増加

 2017~23年に医療用ケタミンの横流しに関する報告は1,355件に上った。件数は2017年が195件で、2020~23年に166件→230件と増加していた(β=25.0、95%CI 5.0~45.0)。内訳を見ると、従業員による窃盗が2017年の22.1%(43件)から2020年には48.8%(81件)へと増加し(β=9.4、95%CI 7.1~11.7)、その後2023年には36.1%(83件)に減少した(β=-6.1、95%CI -9.7~2.5)。顧客による窃盗は、0.5%(1件)から10.0%(23件)に増加した(β=1.5、95%CI 0.9~2.0)。輸送中の紛失事例は、2017年の5.1%(10件)から2023年には45.2%(104件)に増加し(β=6.9、95%CI 5.2~8.7)、他の紛失事例は2017~20年に60.0%(117件)→2.4%(4件)と減少し(β=-21.1、95%CI -33.2~9.0)、その後横ばいで推移していた。

 開業医による横流しは、2017年の48.7%(95件)から2023年には36.1%(83件)に減少した(β=-2.3、95%CI -0.8~3.7)。病院からの横流しも、2017年が36.4%(71件)、2020年が39.8%(66件)、2023年が23.9%(55件)と減少した(β=-4.7、95%CI -7.4~2.0)。一方、流通業者による横流しは、2017年の3.1%(6件)から2021年には15.0%(27件)へと増加し(β=3.0、95%CI 2.3~3.7)、その後横ばいで推移。医薬品処理業者による横流しは、2017~21年は0~1.2%にすぎなかったが、2023年には21.7%(50件)と大幅に増加していた(β=12.8、95%CI 11.8~13.8)。

 以上を踏まえ、Palamar氏らは「医療用ケタミンの横流し件数は、2017~23年に増加した。報告件数に占める従業員および顧客による窃盗の割合が増加する一方で、2023年には輸送中の紛失が最も多く報告された。開業医や病院からの横流しが多いことに変わりはないがこうした報告は減少し、医薬品処理業者からの事例が増加した。ケタミン取り扱い者に対し、盗難やその他の紛失を防ぐ安全措置を講じるよう推奨すべきである」と警鐘を鳴らしている。

編集部・関根雄人