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熱中症で腎機能が低下
肉体の能力超える高温で

 5月の季節外れの猛暑は、暑さに体が慣れていないこともあって多くの人が熱中症で救急搬送され、死者も出た。このため例年より早くから、十分な水分補給や休憩、高温時における屋外などでのスポーツや重作業の中止など、熱中症の予防に関する啓発が始まった。

最高点に達した北海道帯広市の温度計(5月26日)

最高点に達した北海道帯広市の温度計(5月26日)

 しかし、35度を超える夏の日が珍しくなくなった近年では、そのような予防だけで対応できない状態に陥る危険もある。「熱中症というと脱水症や意識障害が問題になるが、『熱射病』と呼ばれる程度まで重症化すれば筋肉が破壊され、生じた物質が腎臓を痛めてしまうこともある。ここまで暑くなると、腎機能の保護まで視野に入れた対策や治療が必要だ」。順天堂大学大学院医学研究科の射場敏明教授(救急・災害医学)はこう警鐘を鳴らしている。

 ◇熱で筋肉組織死ぬ

 熱中症、特に意識障害などを伴う重度の熱射病の予防の基本対策の一つは、「高温下での重作業や運動は控える」といわれている。しかし、夏場だからといって屋外や温度管理がされていない建物での重作業をやめられない場合も少なくない。射場教授によると、最も重症の熱射病になれば、体温の40度以上への上昇、意識障害、脱水状態などの症状を引き起こす。さらに重度になると内臓障害や血液凝固の異常も伴うという。

夏場の作業は熱中症に注意を(EPA時事)

夏場の作業は熱中症に注意を(EPA時事)

 このような状態になれば、水分の補給や冷暗所での休息だけでは回復せず、中等度以上の熱中症では医療機関での治療が必要になるという。臓器障害の原因となるのが、「熱による筋肉組織の崩壊(細胞死)と死んだ細胞から逸脱する組織障害物質」で、ミオグロビンという筋肉特有のタンパク質が腎不全の原因となる。

 「筋肉の破壊が少ない場合は、時間をかければ腎機能は回復するが、一度に大量の筋肉が破壊されれば急性の腎不全に至ってしまうこともある」と射場教授は指摘する。さらに盛夏の時期にスポーツや重作業を繰り返していれば、このプロセスが反復されることで慢性の腎不全に至る可能性が、スリランカなどの農場労働者を対象にした研究で指摘されたという。

炎天下のスポーツ、熱中症に注意(2118年、甲子園)

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 ◇野球や重作業は危険

 このような腎機能の低下が起きているかどうかを判断するのに重要になるのが尿の量と色だ。熱中症になると排尿量が減少し、色が濃くなることは知られているが、紅茶のような色になって水分を補給しても薄くならない場合は、腎機能に問題が生じている可能性がある。一度、医療機関を受診する方がよいだろう。

 中でも運動強度が高く、競技時間の長い野球やトライアスロンのようなスポーツ、炎天下における溶接などの重作業では急激に熱射病まで症状が進行する。時間や場所などが分からなくなる「見当識障害」と呼ばれる意識障害と同時に、急激に筋肉組織が崩壊する「横紋筋(おうもんきん)融解」という症状が起きる危険性がある。

 「こうなると、点滴など輸液による水分補給や体を冷却することによる体温制御といった対症療法だけでは対応しきれない。医療機関で検査と治療を受けてほしい」と同教授は話す。ミオグロビンが短時間に大量に放出され、多臓器不全を引き起こしてしまうこともある。しかし、どの患者が重症かどうかを現場で判断するのは難しい

順天堂大学大学院の射場敏明教授

順天堂大学大学院の射場敏明教授

 ◇背景に気温の上昇

 「冷暗所で休ませ、頸部(けいぶ)などを氷で冷やしながらスポーツ飲料などによる水分補給を1時間続けても症状が改善されない場合は、救急診療を受け付けている医療機関に急ぐように」とアドバイスする。
 このように熱中症、なかでも重度の熱射病が身体的に深刻な問題になった背景には、気候温暖化の進展があるようだ。「湿度などとの関連もあるが、日本のように多湿な環境では最高気温が30度前後の状態が多かった。今では35度以上になることもが珍しくなく、地域によって40度も報告されている。この状態では、熱代謝や体内水分の保持など、肉体が対応できる範囲を超えていると考えるべきだ。いずれ、これまで注目されてこなかった熱中症による腎機能への影響が問題になってくるだろう」と強調する。(喜多壮太郎・鈴木豊)


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