医学部トップインタビュー
垣根を越えて融合
臨床総合力を育てる―慶応大学医学部
インタビューに応える天谷雅行医学部長
慶応義塾大学は1858年に福沢諭吉が江戸に開いた蘭学塾を前身とし、1917年、世界的な細菌学者として知られる北里柴三郎博士を初代医学部長に迎えて医学部を開設、100年を超える歴史を刻んできた。天谷雅行医学部長は「学問が発展するためには、派閥も学閥も立場も超えて融合すべきという設立の理念は、今まさに最も求められている姿。まったく色あせることなく私たちの目指すものになっています」と話す。
◇一家族のごとく
慶応大学医学部には「私立最難関」という位置付けのせいか、独特のブランドイメージがつきまとう。天谷医学部長は「『敷居が高い』などと患者さんからもよく言われるのですが、患者さんを中心にいろんな診療科が垣根を越えて医療を展開しています。『一家族のごとく』というのが私たちの大きな柱になっているので、もっと身近に感じてほしいですね」と気さくに語る。
福沢諭吉が提唱した「実学の精神」は、学問のための学問ではなく、人のために役に立つ学問でなければいけないという考え。この精神に基づき、医学部では基礎と臨床を兼ね備えた研究心のある医師の育成を目指している。
一人の患者がいくつもの病気を併せ持つ一患者多疾患の今、医師には専門科をまたいだ高い臨床総合力が求められている。設立当初から垣根を越えた医療を目指してきた同医学部は、今の時代に求められる医療を先取りしてきたといえる。
JSR・慶応大学医学化学イノベーションセンター
◇産学連携の新しい形
垣根を越えた医療は、学内にとどまらない。2017年に化学素材メーカーのJSR株式会社と産学医療の連携拠点となる共同研究棟「JSR・慶応大学医学化学イノベーションセンター(JKiC)」を開設。これまでにない新しい形での産学連携が始まっている。
「大学医学部とJSRの化学素材研究者が、がっぷり四つに組んで議論をし、20年計画で新しいものを作っていこうという世界に類をみない試みです。まだ2年ですが、非常にうまくいっています」
◇臨床研究の中核的存在に
16年3月、付属病院が臨床研究中核病院の認定を受けた。この認定は、日本初の画期的な医薬品や医療技術などを開発するために、国際水準の臨床研究や医師主導治験の中心的な役割を担う病院に対して厚生労働省が15年に開始した。
「今まで院内で多くの臨床研究を行ってきましたが、認定を受けたことで、これまで以上に研究を正しく効率よく運営する体制ができました。中核病院として他の施設の模範でなければならないということで、働く人の意識も変わってきた。これはとても大きな意味があったと思います」
国立がん研究センター中央病院、東京大学医学部付属病院など全国12病院のうちの一つで、私立大学では唯一。臨床研究の水準がさらに高まることが期待されている。
総合医科学研究棟
◇AIを予防に活用
AIをはじめとした最新テクノロジーの導入も積極的に進めている。17年には慶応メディカルAIセンターを設立、各診療科にもAI担当医を配置して、病院全体でAI化に取り組む体制を整えた。
新たなプロジェクトとして(1)医療記録を音声で入力するシステム(2)患者医療情報のデータベース化(3)スマホアプリを用いた患者への情報提供(4)AIカメラを使った外来の混雑監視システム-などが進行中だ。
今後は病気の予防につながるシステムの開発にも取り組んでいくという。「どんな病気も自覚症状が出る前の上流で対応できれば指一本で抑えられるのに、症状が出てしまってからでは、重戦車を使うような医療が必要になる。予防に重点を置いたヘルス領域の医療革命が世界中で興ってくると思います」と天谷医学部長。
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(2020/01/29 07:00)