医学生のフィールド

ヘルステック最前線から見えた次の世代へのバトン Healthtech/SUM 2020 Optimizing the World ~ 急速な変化において最適化されるテクノロジー~

 12月9日・10日の二日間にわたり、「Healthtech/SUM 2020」(メドピア株式会社※・日本経済新聞社主催)が開催された。メインテーマは「Optimizing the World ~急速な変化において最適化されるテクノロジー~」。急速にデジタル化が進行する中で、日本のヘルステック産業の成長促進と新たなイノベーションの創出を目指し、最新のヘルステックと先行事例の紹介を目的としたカンファレンスだ。

 inochiWAKAZO Projectに所属する、順天堂大学医学部医学科3年の國冨太郎さん、大阪大学医学部医学科3年の田邉翼さん,東京大学理科三類1年の大久保孝慶さん、慶應大学医学部医学科1年の折田優樹さんの4人が参加し、2日間のイベントで特に印象に残ったセッションについての概要をリポートするとともに、医学生に求められる課題について考えた。(文:東京大学理科三類1年大久保孝慶)

左から今回参加した折田さん、大久保さん、田邉さん、國冨さん

左から今回参加した折田さん、大久保さん、田邉さん、國冨さん

 ◇テレワーク時代の“新”生活習慣

 まず、「テレワーク時代の“新”生活習慣」のセッションでは、現在のコロナ禍において需要が増加したテレワーク関連のソリューションが紹介された。その一つとして、株式会社バックテック(代表取締役 福谷直人氏)の開発した「ポケットセラピスト」。このアプリは「寄り添う」のコンセプトのもと、従業員の健康状態を測定、インストラクターによる肩こりや腰痛対策の支援を行う。テレワーク下におけるメンタル不調の改善と生産性向上を達成するというエビデンスがあり、企業からの問い合わせが増加しているという。インストラクターとのマッチングや日々の見守りまで、現代の通信技術が存分に生かされたプロダクトだ。

 続いて、エーテンラボ株式会社(代表取締役CEO長坂剛氏)は、デジタルピアサポートアプリ「みんチャレ」を紹介。これは三日坊主を防ぐことを目的としたアプリだ。5人集まり、全員でチャットなどを通じて励まし合い、楽しく習慣化させることで行動変容を促す。ゲーミフィケーションに基づく行動変容が有効な治療法になることに新鮮な驚きを感じた。

 「変化する”創薬”の概念」のセッションにて紹介されたのは、株式会社CureApp(代表取締役CEO兼医師佐竹晃太氏)による治療アプリである「CureApp」だ。デジタルセラピューティクスとはデジタル機器やIoTを治療に取り入れるデジタル治療のことで、新たな治療法として注目されている。2013年、佐竹氏はアメリカ留学中に読んだ論文に感銘を受けて起業。ニコチン依存症や高血圧などの治療アプリの開発に取り組んでいる。イノベーションを起こすためにはまだ誰もやっていないことを真っ先に取り掛かることが重要であると認識させられた。

 上記の三つのプロダクトのいずれもエビデンスに基づき、有効性が示唆されているという。また、テレワークにおいて、企業が社員の健康をデータによってサポートする必要性が生じている一方で、予見可能性と結果回避性からなる安全配慮義務を避けるために、企業がデータを十分に活用することを避けてしまうという現状があるという話も印象的であった。

 ◇「Dear Startups~起業家の種はこう育てる!」

 「シェフも医療者もアーティストであり、自分の思う世界を表現している人」

 パネリストの石見陽氏(メドピア株式会社 代表取締役社長CEO)が語った言葉である。医療者もまた、新しい価値を生み出すためにアーティストたらねばならない。既存の治療だけにとどまらず、新たな医療を自由に構想し、それを表現していくこと、そこにイノベーションの種があると説いた。

 さらに、篠塚孝哉氏(株式会社Taste Local代表取締役)は「スローにマルチタスキングをすることが人生を豊かにする」という話をし、複数のものをゆっくり熟成させることの価値について語った。

 通常、ベンチャー企業はサイクルを早く回し、ある程度のリスクをとることが求められる。しかし、それでは生まれない価値もあるという。医学生が今後の学びの方向性を考えるにあたり、よいヒントとなった。

 ◇ピッチコンテスト 優勝は転倒骨折防止マット

 ピッチコンテストは激しい競争を勝ち抜いた8社による決勝戦で、エントリーしたプロダクトはいずれも既存の枠にとらわれない柔軟な発想で生まれたものばかりである。優勝したのは株式会社Magic Shields (Founder & CEOの下村明司氏)は転んだときだけ柔らかくなり室内での転倒骨折を防止するマット「ころやわ」を開発した。

 高齢者の転倒による骨折は社会課題となっている。骨折による医療費、介護費は合わせて3兆円で、ここ10年で2倍と増加傾向にある。骨折によって、寝たきりとなり免疫力が低下してそのまま亡くなってしまう人も少なくない。下村氏はこの課題に対して、ころやわで、100万人といわれる室内の転倒骨折を5年以内に0(ゼロ)にすることを目指している。

 ころやわは他の転倒防止装置とは異なり、周りの環境に着目した。独創的なアイデアで深刻な社会課題を確実に解決していく点が評価された。他にも、世界の失明を2025年までになくすというビジョンを持つ株式会社OUI(代表取締役 清水映輔氏)や代表自身が難病を持つ経験から地方の専門医偏在の問題に取り組む株式会社Medii(代表取締役医師 山田裕輝氏)など、熱意とチャレンジ精神に富む複数のスタートアップ企業が紹介された。

 ◇医療を捉えなおすという医学生への宿題

 カンファレンスで、しきりに強調されていたのが “Well-being“という単語だ。健康を単なる病気や虚弱のない状態として捉えるのではない、積極的な概念である。ヘルステック産業の最前線に立つ医療者たちによって健康が再定義されようとしていた。

 今回参加し、最先端の医療に触れたことで、医療というのは医療従事者だけでなく、さまざまなイノベーターによって支えられていることを改めて認識した。同時に、未来の医療者である私たちが新しい医療を構想するためには、固定観念にとらわれることなく、定義を考え直すことが必要なのかもしれないと痛感した。多種多様な医療課題をテクノロジーによって克服していく。情熱あふれる彼らの姿を目の当たりにし、将来への大きなモチベーションとなった。(了)

 ※主催者であるメドピアは登録者数12万人と日本最大級である医師専用コミュニティーサイト「MedPeer」を運営する他、医師向け臨床およびキャリア支援事業、企業向けマーケティング支援および広告・リサーチ事業、一般向け健康増進・予防支援事業行う企業。


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