特集

艦詰日記〜ダイヤモンド・プリンセス号乗船から帰国まで〜⑧
ドアを施錠し消毒徹底、これが「隔離」だ 新型コロナウイルスの脅威の中で過ごした46日間
元日教組情宣部長 防災士 平沢 保人

時事通信社「厚生福祉」2020年9月8日号の連載「艦詰日記〜ダイヤモンド・プリンセス号乗船から帰国まで」第8話を転載】

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 仁川検疫所での隔離生活が始まった。クルーズ船の対応がいかに甘かったかを痛感した。

 【2月19日、隔離1日目】日本政府の対応は間違っていた

 妻から、隔離中のごみ出しのルール「ごみそのものも、ごみを入れるビニール袋も、ビニール袋を入れる段ボール箱も自分で消毒する」を聞いて、はたと気付いた。つまり、私たちの出すごみは医療廃棄物なのだ。

 ごみ袋を見ると、オレンジ色で何やら不気味なマークが印刷してある。クルーズ船では、乗員から食事を提供される際の感染ばかりを心配していたが、よく考えてみると、本来は医療廃棄物としてここまで気を使って処理をしなければならなかった私たちのごみを、乗員はゴム手袋をしているとはいえ、手づかみで処理していた。私たちのごみの中には、はなをかんだティッシュもあった。食器もごみとして処理するが、食器に唾液が付くのは当たり前だ。

バイオハザードマークのついたオレンジ色のビニール袋と段ボール箱のごみ箱。必ず、ごみには消毒液をかける

バイオハザードマークのついたオレンジ色のビニール袋と段ボール箱のごみ箱。必ず、ごみには消毒液をかける

 そういえば、案内では掃除やシーツ交換の話もなかった。自分の部屋のことは自分でするということだ。船では、乗員に清掃を要求する人もいたが、検疫所の隔離を経験すると、それがなんと恐ろしいことだったかが分かった。やはり、クルーズ船での日本政府の対応は間違っていた。疑念が確信に変わった。

 私たちが滞在した仁川検疫所の中央検疫医療支援センターについて紹介しよう(といっても室内とその周辺しか分からないが)。各部屋の前の廊下にはサニタイザーが置いてあった。部屋はビジネスホテル程度の広さ。最初に目に入ったのが、ごみを捨てる段ボール箱。説明の注意書きが張ってあり、脇には塩素系だろうか、消毒液入りのスプレー。ちり取りと小さなほうきもあった。後に、粘着式のほこり取りももらった。

 室内にはシングルベッド、クローゼット、テレビ(韓国は多チャンネルで、NHKも見られる。午後7時、同9時のニュースも流れるので、情報量はクルーズ船より格段に多くなった)、冷蔵庫、トイレ、洗面所、シャワーと一通りそろっていた。高級ではないが不便はない。後で湯沸かしポットのほか、妻にはドライヤー、私には血圧計が届けられた。机の上には検温・体調チェックの用紙と体温計、カギの付いた窓の脇にはサニタイザー、マスク1箱、洗濯せっけん、タオル2枚が置かれていた。

 二重扉の外ドアは施錠され、外ドアを開けなくても内ドアから部屋を出ただけで必ず消毒だ。外ドアと内ドアとの間にもサニタイザーが置いてあった。確認のしようがないが当然、陰圧室なのだろう。冷蔵庫にはペットボトルのオレンジジュースと大量のミネラルウォーターが用意され、紙コップが添えられていた。コップも食器もすべて使い捨てだ。

部屋の入口は二重扉。外側の扉は施錠されている。内扉から室内に入るときは手の消毒が必須。隔離期間中、防護服姿の医療スタッフは内扉から室内には入って来ない

部屋の入口は二重扉。外側の扉は施錠されている。内扉から室内に入るときは手の消毒が必須。隔離期間中、防護服姿の医療スタッフは内扉から室内には入って来ない

 ◇公共交通機関での帰宅は論外

 やっと分かった。クルーズ船で行われていたのは「隔離」ではなく「待機」だったのだ。

 クルーズ船を武漢に、乗客を武漢の住民に置き換えてみれば分かる。武漢は封鎖、隔離され、住民は自宅待機を命じられた。しかし、自宅待機の住民が感染していないとは言えない。だから、日本政府はチャーター機で武漢から帰国した日本人に2週間の隔離を行ったのだ。クルーズ船も同じことで、自室待機の乗客が感染していないとは言えない。まして、クルーズ船は武漢より感染率の高いホットスポットなのだから、言わずもがなだ。下船後に隔離、少なくとも自宅待機を命じない日本政府のやり方は間違っている。せめて、帰宅方法を指示し感染防止策を講じるべきだ。公共交通機関を使うなどもってのほか、論外だ。

 部屋を整理し終えると、もうすることがなかった。テレビも、チャンネルが多いから次から次へと変えるが結局、日本語のNHKに落ち着いた。

 午後2時に昼食。この時、プラスチックケースも運ばれてきた。韓国企業からの防災セットの差し入れだった。男女の下着セット、毛布、タオル、マスク・傷テープセット、懐中電灯など避難所を想定しているようだ。コーヒーやせっけん、歯磨き粉、シャンプー・リンス、メモ用にとお願いしたA4判の紙が1束、ごみ袋の処理用のガムテープ、ハサミも届けられた。

 夜に届いたルーターでWi─Fiの接続ができるようになり、メールをチェックした。きのう、出国前に意味深なメールを送ったので、知り合いの国会議員は病気になったのかと心配したようだ。「御礼」と題してメールを送り、その後の状況を理解してもらった。返信には「地上に降り立つことができ、加えて陰性とのこと、まずは安心した。十分に手伝いができず残念に思う」とあった。相手はまだ戦地にいて、こちらは安全地帯にいるようで申し訳ない。早速、「そのように言われると恐縮する。終息し、検証の段階になれば韓国の経験が役に立つこともあるかと思う。『これが隔離だ』という本物を実感している。内容も規模も違う。いずれ報告したい」と返した。

 クルーズ船の下船初日、乗客443人が下りた。下船した乗客に外出制限などは求められていないという。感染者も79人増え621人。乗員乗客の2割だ。神戸大の岩田健太郎教授が船内の対策に批判的な動画を投稿したことを知った。

 韓国政府がクルーズ船乗客の入国を禁止するとの記事も目にした。この日の夕食はなぜか遅く、午後9時30分。まだ体制が整っていないのか。妻は1人部屋が不安だと泣いていた。長い一日が終わった。何とも暗い気持ちで就寝した。


新着トピックス