新型コロナワクチン接種の「後押し」問題 あずさ監査法人ディレクター水口毅(元日銀那覇・広島支店長)
4.「想定されるワクチン接種率」
9月3日の分科会の公表資料は、今後数カ月に予想されるワクチン接種率について、次の三つのシナリオを示し、それらのうちシナリオBを「実際に最も起こり得る」と記した。
① シナリオA(理想的)年代別接種率:60代以上90%、40-50代80%、20-30代75%
② シナリオB(努力で達成可能)年代別接種率:60代以上85%、40-50代70%、20-30代60%
③ シナリオC(避けたい)年代別接種率:60代以上80%、40-50代60%、20-30代45%
この資料は、「最も起こり得る」シナリオBの場合、「ワクチン未接種者を中心に、接触機会を50%程度低減しなければ、緊急事態宣言などの「強い対策」が必要となると記し、その「50%程度低減」の意味については、「マスク着用等+会食人数制限+オンライン会議・テレワークなどで達成可能」としている。
また、「理想的」シナリオAが実現できれば、この資料は「接触機会の40%程度低減により、『強い対策』が不要になる可能性がある」と記した。その「40%程度低減」については、「マスク着用+三密回避等で達成可能な水準」としている。
5.国外渡航用から始まったワクチン接種証明書
(1)国外渡航用の接種証明書
他の国に渡航する際のための接種証明書(ワクチンパスポート)は、わが国でもEUなどに倣う形で検討が進み、ワクチン接種証明書の申請書受け付けが7月下旬から全国の市町村で開始済みである。「水際対策の重要性」が認識されていることもあって、他国への移動時のための接種証明書の利用は日本を含む多くの国々で比較的早期から受け入れられた。
(2)接種証明書の国内利用についての当初の慎重論
国外渡航だけではなく、国内での多様な活動にも接種証明書提示を求めることについては、
今年の春頃は、欧州でも「未接種者に対する差別につながる」などの問題点が指摘された。
「ワクチンの効果」についても、知見が不十分であった頃には、そのこと自体が接種証明書の意義を疑問視する材料になっていた。
(3)デルタ株の影響
国内外でデルタ株による感染拡大が続き、「接種の効果はそれなりにあるが、接種済みでも感染する」と認識が広がった。そうした中、接種済みの人々は「自分たちは接種できて良かった」、「だが、自分たちの守りはまだ不十分」と考えていると思われる。
わが国では、ワクチン接種を希望しているのに、機会を得られない人々がまだたくさんいる。このことは、8月27日、東京都が渋谷に予約不要の接種会場を設置したところ、都庁の想定を大幅に超える人が長蛇の列を作ったことで示された。
12歳未満へのワクチン接種についても、今後議論が進むと予想される。デルタ株は子どもの感染例も多く、子どもから親への感染の例も報告されている。米国では秋以降の12歳未満への接種可能化に向けて研究が進められている。なお、米国のファウチ国立アレルギー感染症研究所長は8月29日、学校に通う子どもたちへの接種義務化は「良い考えだ」と発言している。
欧米では、接種率が人口の5~6割に達してもなおデルタ株の感染拡大が続いている。そうした中で、接種済みの人々からは「自分たちが住む地域や国では、接種率をもっと高めてほしい」とか、「自分たちが出入りする飲食店や役場などでは、未接種の人々をなるべく減らしてほしい」との意見が増加しているものと想像される。
そして、主に海外で、次の6.に示すような接種の「後押し」や「義務化」の動きが見られる。
6.欧米で進む「接種への後押し」
ワクチン接種などの「後押し」策には、(1)ワクチン接種のインセンティブ(ワクチン接種を受けた人に漏れなく、あるいは抽せんで何らかのメリットを与えること)や、(2)接種等証明書の国内利用、すなわち、旅行・観光・飲食店利用などに「ワクチン接種等の証明書」があれば、それを認める(逆に、そうした証明書が無い場合には、利用を制限する)方法がある。
さらに強力に後押しする策として、(3)義務化がある。それぞれの具体例を見ると、次の通りである。
(1)ワクチン接種インセンティブ
米国の各州や市の当局は、住民に対して積極的に「接種のインセンティブ」を提供してきた。それらは、全米知事会のホームページに「COVID-19 Vaccine Incentives」として一覧掲示されている。代表例を挙げると、次の通りである。
① 抽せんで150万ドル(約1億6000万円)の賞金を提供(カリフォルニア州)
② 地元での釣りや狩猟に使える許可証を無料で提供(メーン州)
③ 地元のレストランでのビールなどドリンク無料券を提供(コネティカット州)
④ 抽せんで州立大学などの学費全額を補助(学生対象)(ケンタッキー州)
⑤ 動物園・水族館・博物園の無料入場券などを提供(ニューヨーク州)
出所:National Governors Association COVID-19 Vaccine Incentives
わが国でも、8月6日、群馬県知事が「ワクチン接種を受けた人を対象として、抽せんで自動車や旅行券をプレゼントする」と発表したが、これは接種インセンティブの例である。
(2)接種等証明書の国内利用
9月3日の経済財政諮問会議の民間議員資料は、「接種証明等の活用のガイドラインを早期に示し、外食、旅行、イベントなどで積極的に活用すべき」としており、接種証明などを活用すること自体が「接種のインセンティブになる」と考えていると見られる。
また、資料1-2においては、この夏、欧米各国で接種証明書の提示を必要とする例が広がったことを参考事例として紹介している。
その主な例は、次の通り。
① イタリア(8月6日~)ワクチン接種完了などを示すCOVID-19グリーン証明書の所持を、国内の施設・イベント(飲食店の屋内席、一般公開のイベント、文化施設、展示会、会場など)へのアクセスに義務付け。
② フランス(8月9日~)レストラン、見本市会場、長距離の公共交通機関などの利用の際に、ワクチン接種証明を含む衛生パスの提示を義務付け。
③ 米国ニューヨーク市(8月17日~)屋内飲食、屋内ジム、娯楽施設などの利用に、最低1回のワクチン接種の完了の証明書の提示を義務付け。
④ 米国サンフランシスコ市(8月20日~)レストラン・バー・ジム・映画館など屋内施設の利用に接種完了証明書の提示を義務付け。
⑤ ドイツ(8月23日~)ワクチン接種証明書・回復証明書の所持者は、小売店・理・美容院の利用時の陰性証明提示義務を免除。夜間外出制限、私的な集まりの人数制限なども免除。
出所:経済財政諮問会議(9月3日開催)資料1-2
わが国でも野球観戦について、ワクチン接種やPCR検査陰性確認をチケットの販売の条件にする例も見られ始めている。
9月3日の分科会の公表資料は、「ワクチン・検査パッケージ」という言葉を、「ワクチン接種歴およびPCR等の検査結果を基に、個人が他者に二次感染リスクが低いことを示す仕組み」と定義している。
また、(上記のワクチンの効果と限界などを踏まえて)このパッケージに示される「検査の陰性やワクチン接種歴は他者に二次感染させないことや自らが感染しないことの完全な保証にはならない」と強調しつつ、その活用について議論している。例えば、「飲食店については『ワクチン・検査パッケージ』や第三者認証をどのように活用するのかについて検討する必要がある」と記している。
接種等証明書の国内利用は、ワクチン接種やPCR検査を受け入れの「後押し」効果があると考えられる。また、それを通じて国内感染拡大抑制と経済活動再開支援の両方に資することも期待されている。
(3)特定の職場での接種の義務化
米国の連邦政府は、その職員全員に、①ワクチン接種または②定期的なウイルス検査・マスク着用を義務付ける方針を7月29日に公表した。
なお、同日、バイデン大統領は、各州政府に対して、ワクチン接種を受ける人々への100ドルの支給の要請も行った。これは、上記(1)に記した「ワクチン接種インセンティブ」を求めたものである。
出所:米国ホワイトハウス、バイデン大統領7月29日演説テキスト
医療従事者についてのワクチン接種などの義務化といった例もあるようである。
また、バイデン大統領は9月9日、100人以上の従業員を雇用する会社に対して、従業員が、①ワクチン接種を受けるか、②毎週コロナ検査で陰性証明を得ることを義務付けるよう、米国労働省が計画していると発表した(対象者は8千万人に達するとしている)。これは「特定の職場」の範囲を超えて、国内全般について義務化の対象を拡大するものである。
出所:米国ホワイトハウス、バイデン大統領9月9日演説テキスト
(2021/09/13 05:00)