特集

新型コロナワクチン接種の「後押し」問題 あずさ監査法人ディレクター水口毅(元日銀那覇・広島支店長)

 1.はじめに―本稿の狙い、要旨

 医療崩壊を避けつつ、人々の生活を少しでも正常化させるためにはどうすれば良いか。この問題意識は、医療関係者から経済界のリーダーたちまで、広く多くの人々に共有されている。同時に、立場や考え方の違いで、さまざまな議論を生じがちだ。

 きょう(2021年9月13日)から10日前の9月3日、政府関係の二つの重要な会議が、上記の問題意識に立つ提言書をそれぞれの立場で公表した。

 「二つの重要な会議」とは、①「新型コロナウイルス感染症対策分科会」(尾身茂会長)と、②「経済財政諮問会議」(提言書を出したのは、慶應義塾大学教授らの4人の「民間議員」)である。この9月3日は、菅首相が自民党総裁選不出馬を表明して日本政界が大きく揺れた日でもあった。

 9月9日に政府の「新型コロナワクチン感染症対策本部」が示した「ワクチン接種が進む中における日常生活回復に向けた考え方」などの文書も、上述の分科会の提言等を踏まえている。

 本稿は、上記の問題意識を時事メディカルの読者に分かりやすく解説するとともに、以下の4点を伝えようとしている。

 ①    ワクチン接種の対人口比率(接種率)は、10月ごろ以降に頭打ちになるとともに「集団免疫」は容易でなく、医療と生活の両立に引き続き難しさは残ると思われること。

 ②    そうした中で「ワクチンの重症化抑制効果」を最大限生かすために、ワクチン接種を後押しするべきであること。

 ③    接種証明などは、なるべく早くデジタル化すべきであること。

 ④    接種の遅れる低所得国への支援にも注力すべきであること。

図表1 先進5ヵ国の接種率の推移(出所:Our World in Data)

 2.ワクチン接種の進展状況

 図表1は、日米英独仏5カ国のワクチンの接種率の状況を示した。

 次のことが分かる。

 ①    このグラフの左端である1月20日(米国バイデン新政権誕生の日)以降、しばらくの間、米国は5カ国の先頭を走っていたが、5月ごろから失速し、現在は5割を少し超えたところで接種展開のスピードが鈍っている。

 ②    日本は5カ国の中で大きく出遅れたが、6月初旬ごろから加速し、現時点で5割。近く米国を追い抜きそうな勢いである。菅首相が「1日あたり100万人接種」と発言したのが5月7日、職域接種が始まったのが6月21日だ。自治体へのワクチン供給の停滞が問題になったが、グラフを見る限り、接種のスピードは6月以降、ほぼ変わっていない。

 ③    英仏独の接種率は、6割を超えている。ある程度、ワクチン接種が進んでくると、程度の差こそあれ、徐々に接種スピードは鈍る。日本の人口構成が高齢者に偏っていることは、「ワクチン接種希望者」の人口比率を高くする要因だと想像される。他方、子宮頸(けい)がんワクチンをめぐる議論などは、その比率を抑える要因になるかもしれない。

 3.ワクチンの効果と限界

図表2 イスラエル・米国・日本 (1)接種率の推移

 (1)感染・重症化抑制について効果と限界

 新型コロナウイルス用のワクチンの効果と限界について、9月3日の分科会資料は、次の3点を指摘している。

 ①    重症化予防の効果は高いが、完全ではない。

 ②    感染予防の効果は重症化予防に比べて低く、「ブレークスルー感染」がある程度生じる。このため、他者に二次感染させる可能性もある。

 ③    ワクチンで獲得された免疫は数カ月で徐々に減弱していく可能性も指摘されている。追加接種(「ブースター接種」)の議論を進めていく必要がある。

 ①については、米国のCDC(疾病対策センター)が、「未接種者が感染する確率は接種完了者に比べて5倍」、「入院する確率は29倍」とする研究結果を公表している(8月24日、MMDR)。

図表2 イスラエル・米国・日本(2)新規感染者数 人口100万人当たり

 ワクチン接種の効果と限界を知る上で、世界最速でワクチン接種が進んだ国の一つであるイスラエルを見てみよう。イスラエルは、ファイザー社と契約を結び、国民に対する接種を早期から進めている。そうした中で、図表2の三つのグラフを見ると、次が分かる。

 A)    3月まで接種が急速に進んだが5割台半ばを超えた4月ごろから接種率の伸びは急減速。7月に6割を超え、現在の接種率は63%。

 B)    新規感染者は、1~4月に急減したが、6月後半から急増、今や人口比で米国の2倍以上。

 C)    しかし、死亡者(人口比)は、米国より少ない(日本よりは多い)。

 このイスラエルの状況は、上記の①②③を支持している。

図表2 イスラエル・米国・日本(3)死者数 人口100万人当たり(出所:Our World in Data)

 (2)ワクチン接種の「医療崩壊回避」効果

 一般論として、感染症は、人口の大半の人々が「免疫」を持つようになると、収束に向かう。この状態を「集団免疫」と呼ぶ。人々の免疫獲得の近道がワクチンの接種である。麻疹(はしか)や水ぼうそうなどについては、ワクチンの有効性が広く認められている。

 しかし、世の中には、ワクチン接種に消極的な人々が少なくない。新型コロナ用のワクチン接種に消極的になるさまざまな理由を示すと、次の通りである。

 ①    新型コロナウイルス感染症用のワクチンの有効性に疑問がある。副反応が怖い。

 ②    広くワクチン一般について、否定的に考えている。

 ③    デマに影響されている。

 ④    自分が接種を受けなくても、周囲に接種を受ける人が増えてくれば、自分が感染するリスクは十分減るので、それが一番良いと考えている。

 ⑤    自分は感染症にかからないと(特段の根拠も無く)思っている。

 ワクチン接種に消極的な人がそれなりにいると、いつまでたっても「集団免疫」を獲得できない。すると感染が収束しない。

 新型コロナウイルス感染症については、イスラエルの例から分かる通り、人口の6割が接種済みになっても、「集団免疫を獲得した」と言える状態には全くなっていない。既述の「ワクチンの限界」がその背景にある。

 9月3日の分科会の公表資料は「わが国においてすべての希望者がワクチン接種を終えたとしても、社会全体が守られるという意味での集団免疫の獲得は困難と考えられる」と明記した。

 他方で、治療薬開発もなお道半ばである中で、接種展開による感染や重症化の抑制の効果は、なお重視すべきと考える。われわれ個人個人の重症化予防効果に加えて、社会全体にとっての「医療崩壊回避」効果が(決して十分ではないが)期待される。


新着トピックス