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職場の喫煙対策を考える ~都医師会対策委の村松弘康アドバイザーに聞く~

 喫煙は健康に良くないと分かっていてもなかなかやめられなかったり、職場では今でも喫煙所でのコミュニケーションが大事などと言ったりする人がいます。禁煙するとストレスだ、という声も聞きます。今回は特に職場の喫煙について、東京都医師会タバコ対策委員会アドバイザー(元委員長)の村松弘康先生にお話を伺いました。

(聞き手・文 海原純子)

喫煙率の推移jpg

喫煙率の推移jpg

 ◇喫煙率低下も働き盛りの男性なお3~4割

 海原 都内では道路上で歩きながらのたばこポイ捨てなどは見なくなりました。室内での禁煙も以前よりかなり徹底している感じがありますが、時には飲食店内でたばこの煙が充満していて驚くようなこともあります。最近の喫煙率について先生はどのようにお考えでしょうか。

 村松 ここ2年間は新型コロナウイルスの影響で調査実施が中止されていますが、2019年の「国民健康・栄養調査」の結果では、現在の日本人喫煙率は16.7%であり、男性27.1%、女性7.6%でした。30代男性は33.2%、40代男性は36.5%であり、昭和の時代と比較するとかなり低下してきたとはいえ、男性の3~4割が喫煙している状況です。

 海原 働き盛りの男性では、喫煙者の割合が高めですね。職場の対策が大事と言えそうです。

 ◇コロナワクチンの効果減殺

新型コロナ重症化のリスク要因

新型コロナ重症化のリスク要因

 村松 一方、喫煙は新型コロナ感染症(COVID-19)の重症化因子であることが知られています。また最近では喫煙がワクチン接種後の抗体価上昇を抑制することも分かってきましたので、コロナ禍において禁煙は大変重要です。吸っていらっしゃる方はぜひ禁煙をご検討いただきたいと考えています。

 海原 喫煙が新型コロナの重症化リスクであるとご存じの方は多いと思いますが、ワクチン接種後の抗体価上昇を抑制するというのはご存じない方も多いのではないでしょうか。せっかく接種するのにこれは残念です。ところで、先生が禁煙の活動をなさろうとしたきっかけなどお教えくださいますか。

 村松 実は私も以前は喫煙者でしたが、呼吸器内科医となり禁煙しました。医師になり初めて担当した患者さんは肺がんでした。そしてぜんそくの専門医となり多くのぜんそく患者さんが受動喫煙で苦しんでいることを知りました。吸う方も吸わない方も苦しめてしまうたばこというものに疑問を抱いたのがきっかけです。

 ◇禁煙外来利用を

 海原 まだ、たばこの害を否定している人もいます。たばこ関連の会社からの資金で行われた研究報告がたばこの害を少なく報告しているような指摘もなされています。若い世代では喫煙する人は少なくなっていますが、高齢の世代ではたばこはストレス解消に役立ち、これがなければストレスを乗り切れないなどと言う人もいます。いまだに喫煙所を設けている企業もありますし、喫煙の場でコミュニケーションが図れるなどと言う企業関係者もいて驚きます。人の考えを変えるのは難しいのですが、いい方法などありましたらお教えください。

村松弘康・中央内科クリニック院長

村松弘康・中央内科クリニック院長

 村松 喫煙する理由、禁煙できない理由は人によってさまざまですので、一律に良い方法を示すのは難しいですね。一方、習慣的喫煙行為の本質は依存症であることが明らかとなっており、我慢だけの禁煙というものはなかなか成功しません。成功しないので吸ってもよい理由、禁煙しなくてよい理由(言い訳)を探してしまうのです。ぜひ禁煙外来を受診して禁煙補助薬を使い、適切なアドバイスを受けながらチャレンジしてみてください。

 また、ご指摘のように喫煙室・喫煙所を提供してしまう会社側や行政側にも責任がありますね。ニコチン依存症という状態は、体内にニコチンがある状態で体中がバランスを取ってしまった状態であり、ニコチンが切れてくるとバランスが崩れていらいらしてしまい、集中力を欠き仕事に専念できなくなってしまいます。そのため、これまではやむを得ず喫煙室が提供されてきたわけですが、どんなに換気をしたところで喫煙室内には煙が充満し、本来吸わずに済むはずの副流煙も大量に吸うことになります。さらに扉が開閉するたびに外部にも煙が漏れて、受動喫煙も生じます。喫煙や受動喫煙の害が科学的に明らかとなった現在、喫煙室を残すのが本当に良いことかどうかを会社側・行政側も再検討すべきでしょう。

 海原 職場の産業医や保健師さんが禁煙外来を紹介したりすれば後押しになりますね。

 ◇職場の受動喫煙は「ハラスメント」、試される企業トップ

 海原 職場で上司がたばこを吸う場合、部下は我慢するという悩みを聞くことがあります。クリーンな職場をつくりたくても企業トップが喫煙者の場合非常に難しいのですが、何かいい方法はありますでしょうか。

 村松 20年4月1日に改正健康増進法が全面施行され、「望まない受動喫煙をなくす」ことが法律で定められました。以前とは異なり、受動喫煙防止に法的根拠ができたわけです。また、最近では企業に「健康経営」が求められていますが、健康経営優良法人の認定には「受動喫煙対策」が必須項目となっています。そのため、職場での受動喫煙は「スモークハラスメント」であるとして損害賠償請求を認める判例も多数出てきています。職場で受動喫煙があったら、まずは会社側に改善請求をしていただき、こじれるようなら労働基準監督署や弁護士への相談もご検討ください。

健康経営優良法人の認定要件

健康経営優良法人の認定要件

 海原 ハラスメントだ、と思っても部下の立場では、なかなか言い出しにくいものですね。時には上司が部下に、「たばこ吸ってもいいか」と声を掛けて吸うようなこともあると聞きます。そう言われると部下はノーと言うのが困難です。法律はできてもその運用は難しいので、ここは経営のトップの立場の方が積極的に介入して職場の環境改善をする必要がありますね。トップの意識が試される時期で今後企業がグローバルな基準で展開する際の基準にもなりそうです。

 ◇タバコ栽培で環境破壊も

 海原 タバコの栽培が環境問題を生じさせることをまだご存じでない方もかなり多いと思います。持続可能な社会をつくるという観点からの先生のお考えをお教えください。

世界禁煙デーのポスター

世界禁煙デーのポスター

 村松 ご指摘の通り、たばこの問題は人体への健康被害だけにとどまらず、環境破壊をもたらすことが大きな社会問題になってきています。毎年5月31日は世界保健機関(WHO)が定めた世界禁煙デー(World No Tobacco Day:WNTD)ですが、今年のWNTDポスターには「POISONING OUR PLANET(たばこによる地球規模での環境破壊)」と書かれています。

 たばこの原料である葉タバコの栽培は、もっぱら人件費の安い発展途上国で行われており、現在日本国内で販売されているたばこの約7割には、海外産の葉タバコが使用されています。発展途上国では、たばこの製造過程で葉タバコを乾燥させる際に大量のまきを使用するため、多くの木が伐採され森林破壊が進むことになるのです。世界でまきとして燃やされている木材の80%は、葉タバコ乾燥用に使用されています。

 WHOは毎年6億本もの木がたばこを製造するために伐採されていると発表しています。毎年20万ヘクタール(2000平方キロメートル、東京都とほぼ同じ面積)もの森林が地球上から消滅している計算です。また大量のまきやたばこの燃焼により発生するCO2の量は毎年8400万トンにも達し、大気汚染や温暖化をもたらし、さらに農薬や吸い殻による土壌汚染や水質汚濁も進むため、たばこはその製造から消費に至る過程において、陸・海・空すべての環境破壊を引き起こしていることになるのです。

 国際連合(UN)は、このような環境破壊などの社会的な問題を伴わずに持続可能な開発目標を立てるようSDGs(Sustainable Development Goals)を掲げています。実はこのSDGsの中でも、たばこ対策を強化することが目標の一つとして明記されており、我々は健康のためにも地球環境を守るためにも、たばこの問題について再度考えてみる必要があるようです。(了)

村松   弘康さん(むらまつ・ひろやす)

 1989年東京慈恵会医科大学卒、同大学呼吸器内科へ入局。その後、国立国際医療研究センター呼吸器科、同愛記念病院アレルギー・呼吸器科などに勤務。ぜんそく、COPDなどの診療・研究に従事し医学博士号を取得。2004年東京慈恵会医科大学講師(現在、非常勤講師)、08年から武蔵野大学客員教授、11年から中央内科クリニック院長。日本国際医学協会評議員、日本生活習慣病予防協会理事、日本禁煙学会理事、日本橋医師会理事などの役職も務める。日本内科学会総合内科専門医、日本呼吸器学会指導医、日本アレルギー学会指導医、日本禁煙学会専門指導医、日本睡眠学会専門医、日本医師会認定産業医の資格を持つ。



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