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真珠腫性中耳炎の発症への神経堤由来細胞の関与を世界で初めて解明
~p75タンパク質が真珠腫性中耳炎を進行させる~ 東京慈恵会医科大学、東邦大学

 東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座 福田智美講師、小島博己講座担当教授、解剖学講座 辰巳徳史講師、岡部正隆講座担当教授、東邦大学医学部耳鼻咽喉科学講座 穐山直太郎講師らのグループは、真珠腫性中耳炎モデルマウスを用い、真珠腫性中耳炎※1の発症に神経堤由来細胞が関わることを世界で初めて明らかにしました。

 今回の研究で、中耳真珠腫を構成する神経堤由来細胞※2はp75タンパク質※3を発現し、真珠腫性中耳炎を進行させることがわかりました。真珠腫性中耳炎は、慢性中耳炎の一種ですが、骨破壊を伴い不可逆的な難聴を起こす難治性の病気です。

 今回発見した真珠腫性中耳炎に関わる神経堤由来細胞の集団の性質をさらに調べることで、増殖性持続や側頭骨骨破壊などの真珠腫性中耳炎の病態の解明を図るとともに、新しい治療法を開発する研究につながることが期待されます。

 本研究成果は2022年10月8日(土)に「The American Journal of Pathology」に掲載されます。

 研究成果のポイント

 ・今回の研究では発生初期に神経堤細胞をGFP※4で標識したトランスジェニックマウスを作製し(Wnt1-Cre/EGFPマウス)、角化細胞増殖因子誘導性の真珠腫性中耳炎を発症させ、神経堤由来細胞の動態を解析しました。

 ・真珠腫性中耳炎組織中にp75陽性の神経堤由来細胞が多数存在することが示され、また中耳粘膜の一部を構成する神経堤由来細胞にp75発現を誘導すると、増殖能が高進することが示されました。これらのことからp75陽性神経堤由来細胞は真珠腫性中耳炎の進行に関わると考えられます。

 ・p75陽性細胞を標的とした薬物を投与すると、モデルマウスの真珠腫性中耳炎は治癒しました。

 研究背景

 真珠腫性中耳炎は、慢性中耳炎の一種ですが、骨破壊を伴い不可逆的な難聴を起こすことが問題となります。その病因として、慢性炎症に伴い角化細胞増殖因子(KGF)などのサイトカインネットワークが鼓膜や中耳の細胞の増殖を促し、真珠腫性中耳炎になると報告されています。私たちは先行研究で、福田らが開発したKGFプラスミベクター導入による中耳真珠腫動物モデルを使い、上皮幹細胞や上皮前駆細胞の増殖が真珠腫性中耳炎の増悪の本態であると示しました。

 近年、神経堤由来細胞は胎児発生期だけでなく老化・メタボリズム・循環器や運動器の維持などさまざまな局面で重要な役割を果たしていることが明らかにされ、病態解明で新しい知見がもたらされてきています。神経堤は、発生過程において、集団移動から単細胞移動への顕著な移行を示し、間葉系細胞から上皮系細胞へと変化し、中耳粘膜上皮細胞の一部を形成します。神経堤由来の中耳粘膜上皮細胞は、上皮の恒常性維持や中耳炎の修復に関わることが知られています。

 これらの事実よりわれわれは、真珠腫性中耳炎の発症・増殖に関わる細胞起源の候補として神経堤由来細胞を想定し、研究を開始しました。

 研究内容

 EGFPを条件付きで神経堤由来細胞に発現させたWnt1-Cre/Floxed-enhanced green fluorescent protein(EGFP)マウスを用いました。Wnt1-Cre/EGFPマウスにKGF発現ベクターを導入し、真珠腫性中耳炎を発症させ解析しました。サイトケラチン14※5陽性の神経堤由来細胞が、中耳に広がる真珠腫組織を形成していました。これらの神経堤由来細胞は、神経堤細胞マーカーであるp75を発現し、高い増殖活性を示しました。同様に、ヒトの真珠腫組織においても、多数のp75陽性細胞が観察されました(図1)。

 免疫毒素であるマウスp75-saporin(SAP)を外耳道経由でマウス真珠腫組織に局所注射すると、p75陽性神経堤由来細胞が細胞死を起こし、結果、真珠腫性中耳炎は治癒しました(図2)。中耳粘膜初代培養細胞を作製し、細胞増殖に対するp75の作用を検討しました。結果、p75ノックアウト神経堤由来細胞はKGFタンパク添加の有無にかかわらず、低い増殖活性を示しました。活性型p75ノックイン神経堤由来細胞は高い増殖活性を示しました。

 p75シグナルの制御は、神経堤由来細胞の増殖を抑制することができました。p75陽性神経堤由来細胞の制御は真珠腫性中耳炎の新たな治療ターゲットとなる可能性があります。

図1

図1

図1

OE:外耳道、M:ツチ骨、I:キヌタ骨、S:アブミ骨、ME:中耳腔、Attic:上鼓室、OC:内耳骨包、CK14:サイトケラチン14(上皮基底細胞マーカー、赤)、GFP:Green Fluorescent Protein(緑)、DAPI:4',6-diamidino-2-phenylindole(核染色、青)、PCNA:proliferating cell nuclear antigen(細胞増殖マーカー、赤)、p75:p75タンパク(赤)、右3パネルは*の拡大像

図2

図2

図2

SAP:p75-saporin、SAP投与前の真珠腫がSAP投与後に消失している。

 今後の展望

 私たち研究グループは角化細胞増殖因子で誘導される動物モデルを使って、真珠腫性中耳炎の発症に関わる既知の細胞系譜と異なる神経堤由来細胞を世界で初めて同定しました (図3)。これら神経堤由来細胞の集団が、真珠腫性中耳炎幹細胞/前駆細胞と相互作用することにより、真珠腫性中耳炎病態の増殖のメカニズムが説明でき、側頭骨骨破壊に寄与する可能性が考えられます。生体内における同細胞のさらなる役割の検証を進め、真珠腫性中耳炎の病態の解明を図るとともに、ひいては治療へ応用も検討していきます。

図3

図3

図3

 論文発表

 本研究の成果は、2022年10月8日(土)に「The American Journal of Pathology」に掲載されます。
 論文タイトル:Keratinocyte Growth Factor Stimulates Growth of p75+ Neural Crest Lineage Cells in the Process of Middle Ear Cholesteatoma Formation in Mice
 著者:Tomomi Yamamoto-Fukuda 1,2, Naotaro Akiyama 2,3, Norifumi Tatsumi 2, Masataka Okabe 2, and Hiromi Kojima 1
 著者(日本語表記):福田 智美1,2、穐山直太郎2,3、辰巳 徳史2、岡部 正隆2、小島 博己1
 1.東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学講座
 2.東京慈恵会医科大学解剖学講座
 3.東邦大学医学部耳鼻咽喉科学講座
 DOI番号:10.1016/j.ajpath.2022.07.010

 6. 主な研究資金

 科学研究費助成事業 基盤研究(C) JP19K09857 研究代表者:福田 智美

 用語説明

 ※1 真珠腫性中耳炎:慢性中耳炎の一種。鼓膜表面の皮膚の成分が鼓膜の裏側(中耳)に入り込んで、真珠腫という固まりを形成する病気。真珠腫には骨を溶かす性質があり、非常にやっかいな中耳炎と考えられている。
 ※2 神経堤由来細胞:神経堤細胞から分化した細胞を示す。神経堤細胞は胎仔期に一過的に出現する移動性の細胞集団で,骨・軟骨細胞,神経細胞,グリア細胞,色素細胞などさまざまな細胞種へと分化することができる幹細胞様の性質をもつ細胞集団.
 ※3 p75タンパク質:p75 (低親和性神経成長因子受容体)は、神経成長因子NGFの受容体として配列が同定された。神経堤の発生に関わる遺伝子群のひとつ。
 ※4 緑色蛍光タンパク質
 ※5 サイトケラチン14:上皮基底細胞マーカー

 メンバー:
・東京慈恵会医科大学
 耳鼻咽喉科学講座
 講師 福田 智美
 講座担当教授 小島 博己

 解剖学講座
 講座担当教授 岡部 正隆
 講師 辰巳 徳史

・東邦大学
 医学部耳鼻咽喉科学講座
 講師 穐山直太郎


以上


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