女性医師のキャリア

日本のトップアスリートを支えるために
~女性のチームドクターが果たす役割とは~ 女性医師のキャリア 医学生インタビュー

 ◇現地でしか味わえない鳥肌が立つほどの経験

 選手たちと一緒に多くの貴重な経験をさせていただいていますが、特に印象的だったのは、2019年ワールドカップ(W杯)フランス大会のオランダ戦です。欧州開催ということもあって、観客はほぼオランダの応援で、スタジアムはオレンジ一色、完全にアウェー状態でした。日本が1点差で負けている状況で試合終盤を迎え、最後の最後に日本が目を見張るほどの激しい攻めに入りました。その瞬間、なんと観衆全体が一気に日本の応援に変わり、一斉に英語で「GOジャパン」、フランス語で「アレ、ジャポン」と叫び始めたのです。最終的に日本が負けて、勝ったオランダは準優勝になったのですが、あの時の会場の空気はいまだかつて経験したことがない感覚で、鳥肌が立ちました。

 華やかなスタジアムの裏では、現地まで連れて行った選手が、けがでコンディションが整わず、直前に離脱させる判断を下さなければいけないつらい状況にも直面しました。

 1試合でベンチ入りする90分間は、チームドクターとしての時間の中ではほんの一瞬です。大半はメディカルルームで選手と触れ合うことに時間を費やし、けがをした選手や調子が悪い選手を次の試合に間に合うよう心身共に回復させるため、一人一人と真摯(しんし)に向き合っています。選手と過ごす時間は本当に楽しく、この仕事に誇りとやりがいを感じます。

東京五輪の選手村で (左は宮崎大学医学部付属病院の横江琢示医師)

東京五輪の選手村で (左は宮崎大学医学部付属病院の横江琢示医師)

 ◇スポーツは勝ち負けがすべてではない

 スポーツにはプレーする選手だけでなく、見ている人を魅了し、感情移入させ、喜びや悲しみをシェアさせる不思議な力があります。試合を応援して元気になったり、応援しているチームが負けて一緒に悲しんだり、年齢を問わず人の気持ちを揺さぶり、応援している同士が一つになれるというのは人生の中でそんなにあることではありません。

 なでしこジャパンは2011年W杯ドイツ大会で優勝、2012年のロンドン五輪では銀、2015年カナダ大会では準優勝と、過去には華々しい成績を残しています。2021年の東京五輪はホームでありながら、コロナ禍の閑散としたスタジアムでプレーするという特殊な環境での試合でした。日本は決勝トーナメント1回戦でスウェーデンに敗退、ベスト8で終わりました。大会期間中、選手たちに向けて、「やる気が感じられない」などの手厳しい言葉が耳に入ってきていました。それだけ期待されていたと言えますが、自国開催という大きな期待を背負い、想像を超えるプレッシャーの中、必死で努力してきた彼女たちの姿をずっと見てきただけに、勝つことを前提として結果だけが求められ、いい結果が出せないとネガティブな言葉を浴びせられる選手たちに対して、いたたまれない気持ちになりました。

 かつて優勝した時とは選手も変わり、相手も戦術も違います。代表選手である以上、勝ち負けは重要なのかもしれませんが、結果が出せなかったことで悔しい思いをしているのは誰よりも選手たち本人であることを理解し、次回に向けてエールを送ってほしいというのがサポーターの一人として心から願うところです。

 ◇高まる女性チームドクターのニーズ

 サッカードクターセミナーに男性医師はたくさん参加されています。サッカーに限らず、チームドクターを志望する男性医師は多いのですが、女性医師はまだ十分とは言えません。女性アスリートに男性医師が付いた方がいいのか女性医師が付いた方がいいのかは議論が分かれるところではあります。ただ、女性医師を希望する若い女性アスリートは多いと思います。チームドクターは遠征や試合に長期間帯同するため、女性医師の場合はライフイベントと重なり継続できないことが多く、人材は常に不足しています。

 私は独身時代から活動を始めて10代の育成年代を見ていました。結婚して出産を期に、いったんは現場を離れ、二度と声は掛からないと諦めていたら、子供が3歳ぐらいなった時に「そろそろ復帰できますか」と連絡を頂きました。単発ではありましたが、海外遠征で3週間ぐらい、3歳の子供を置いて家を空けなければいけませんでした。家族会議を開き、近くに住む夫の両親が全面的に協力してくれるということで、なんとかオファーを受けることができました。

 その後も時々声を掛けていただき、そのたびに家族にお願いしています。2人目を出産した時は、さすがに「しばらく現場には出られません」と伝えたのですが、しばらくはマネジメント中心になることに対して監督から承諾が得られたこともあり、U19/U20のチーフに就き、下の子が1歳になる前に現場に復帰しました。私の場合は、調理師の夫に子供たちの食事をお願いし、幸い夫の両親が元気で家族の理解と協力があったからこそ続けられたのであって、これをスタンダードにするべきではないと考えています。


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