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統合失調症の行動障害に関与する責任脳領域と発症メカニズムの解明 (発症神経回路の解明・治療につながる知見として期待)

米国科学誌「Molecular Neurobiology(モレキュラー・ニューロバイオロジー)」電子版に2023年8月31日掲載

【研究のポイント】

統合失調症患者で変異が見られるSCN2A遺伝子を内側前頭前皮質特異的に欠損させたマウスで複数の行動異常が見られました。

統合失調症の生物学的マーカーとして知られる聴覚性驚愕反応プレパルス抑制の低下も内側前頭前皮質特異的Scn2a遺伝子欠損モデルマウスで見出され、一方、腹側被蓋野における欠損モデルマウスでは逆の効果が認められました。

・本研究成果はヒトの統合失調症病態の理解や治療法の開発・改良に貢献する可能性があります。


【研究成果の概要】

名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野の鈴木俊光 講師、山川和弘 教授、藤田医科大学 医科学研究センター システム医科学研究部門 宮川剛 教授、自治医科大学 分子病態治療研究センター 遺伝子治療研究部 水上浩明 教授らの共同研究グループは、統合失調症関連脳部位である内側前頭前皮質(mPFC)1)または腹側被蓋野(VTA)2)において特異的にScn2a遺伝子をホモで欠損させたマウスを作成して詳細に解析することにより、mPFCにおけるScn2aの欠損は、1)馴染みのないマウスへのアプローチ回数を上昇させること、2) 自発運動量の低下と不安様行動の増加を誘発すること、3)聴覚性驚愕反応のプレパルス抑制(PPI)を低下させること、4)一方、VTAにおけるScn2aの欠損は、PPIを逆に上昇させるが、それ以外の行動試験(マウスへのアプローチ回数、自発運動量、不安様行動)では変化を示さないこと、などを見出しました。これらの結果は、SCN2A遺伝子の変異によって引き起こされる統合失調症や神経発達症の発症神経回路の理解、治療法の開発に大きく役立つものと思われます。

【背景】

電位依存性ナトリウムチャネルα2サブユニット(Nav1.2)をコードするSCN2A遺伝子の変異は、てんかんや神経発達症(自閉スペクトラム症知的障害統合失調症)で広く認められています。これまでに我々は、てんかん患者で世界初となるSCN2Aの変異、てんかん性脳症・知的障害・自閉症合併患者のSCN2A新生ナンセンス変異(遺伝子がコードするタンパクがストップコドンに変わり途中で分断される変異: 自閉症で世界初)、小児難治性てんかんのSCN2A新生ミスセンス変異(コードするタンパクにアミノ酸置換をもたらす変異)、マウスにおけるNav1.2チャネルタンパクの詳細な組織分布解析3)、Scn2aヘテロコンディショナルノックアウトマウス4)の興奮性神経細胞依存的てんかん発作、全身性Scn2aヘテロ(+/-)ノックアウト(KO)マウスの記憶学習障害と記憶再生異常、同マウスの活動量の亢進、さらには、SCN2A変異と類似の疾患を引き起こすSTXBP1遺伝子(シナプスにおける神経伝達物質の放出に必須なタンパクMunc18-1をコードする)とSCN2Aで共通する線条体を介する全く新規なてんかん発症回路などを発見し報告してきました。しかし、統合失調症に関連する行動障害発症責任脳領域・神経回路の詳細は不明でした。今回、同研究グループは、統合失調症関連脳部位特異的なScn2aの欠損が行動障害にどのように寄与しているのかを詳細に解析することで、SCN2A変異を有する患者の疾患発症に関与する神経回路・発症メカニズムを検討しました。

【研究の成果】

研究グループは、Scn2a–ホモfloxedマウス4)のmPFCまたはVTAにアデノ随伴ウイルス(AAV)粒子5)を注入してCre組換え酵素4)を同領域の神経細胞で発現させ、脳部位特異的にScn2aがホモで欠損しているマウスを作成しました。組織学的解析により、これらマウスの脳内において、AAV粒子が目的とする領域特異的に注入されていることが分かりました(図1)。

[図1] AAV粒子を注入したマウスの脳内で観察されたmCherryタンパクの発現。(A)mPFC領域、(B) VTA領域。AAV粒子は主にmPFCまたはVTAに注入されていた。

[図1] AAV粒子を注入したマウスの脳内で観察されたmCherryタンパクの発現。(A)mPFC領域、(B) VTA領域。AAV粒子は主にmPFCまたはVTAに注入されていた。

次に、これらのマウスを用いて行動試験を実施しました。初めに、他者への社会的行動や記憶を評価する3チャンバー社会性アプローチ試験を行いました。この試験では、3つに区切られて自由に行き来できる部屋を用意し、一方に馴染みのないマウス(新規マウス)を入れたケージ、もう一方には空のケージを置き、中央に試験をしたいマウスを入れて、新規マウスがいるケージ周囲と空のケージ周囲のそれぞれに滞在する時間を比較しました。その結果、mPFCにおけるScn2aの欠損は新規マウスへのアプローチ時間を上昇させるが、VTAにおける欠損ではその効果は示さないことが明らかとなりました(図2)。

[図2] 3チャンバー試験で、mPFCにおけるScn2aの欠損は新規マウスへのアプローチ時間を上昇させるが、VTAにおける欠損ではその効果は示さなかった。

[図2] 3チャンバー試験で、mPFCにおけるScn2aの欠損は新規マウスへのアプローチ時間を上昇させるが、VTAにおける欠損ではその効果は示さなかった。

同様のアプローチ時間を上昇させる結果がこれまでに全身性のScn2a(+/-)KOマウスにおいても観察されていることから、mPFCにおけるScn2aの欠損がこの行動障害の原因であることを示しています。続いて、マウスの自発行動量などを観察するオープンフィールド試験を行いました。この試験では、新しい慣れていない部屋にマウスを1匹ずつ入れ、それぞれ120分間の行動を観察しました。その結果、mPFCにおけるScn2aの欠損は自発運動量の低下と不安様行動の増加を誘発するが、VTAにおける欠損ではそれらの効果は示さないことが明らかとなりました(図3)。

[図3] オープンフィールドテストで、mPFCにおけるScn2aの欠損は自発運動量の低下と不安様行動の増加を誘発したが、VTAにおける欠損ではそれらの効果は示さなかった。(A)移動距離、(B)垂直方向の活動量、(C)繰り返し行動回数、(D)中央部滞在時間。

[図3] オープンフィールドテストで、mPFCにおけるScn2aの欠損は自発運動量の低下と不安様行動の増加を誘発したが、VTAにおける欠損ではそれらの効果は示さなかった。(A)移動距離、(B)垂直方向の活動量、(C)繰り返し行動回数、(D)中央部滞在時間。

これらの結果は、以前観察されたScn2a(+/-)KOマウスのものとは逆の結果であることから、mPFCやVTA以外の脳領域がこれらの行動障害に対しておそらく決定的な役割を担っていることを示しています。さらに、統合失調症の精神生理学的指標の一つであるPPI試験を実施しました。マウスに大きな音を聞かせると驚愕反応がおこりますが、大きな音の前に少しだけ小さな音を聞かせると、驚愕反応が抑制されます。この抑制を聴覚性驚愕反応プレパルス抑制(PPI: prepulse inhibition)と呼びます。このPPI試験において、mPFCにおけるScn2aの欠損はPPIを低下させるが、VTAにおける欠損では逆に上昇させることが明らかとなりました(図4)。

[図4] PPI試験で、mPFCにおけるScn2aの欠損はPPIを低下させるが、VTAにおける欠損では逆の効果を示した。

[図4] PPI試験で、mPFCにおけるScn2aの欠損はPPIを低下させるが、VTAにおける欠損では逆の効果を示した。

これらの結果は、mPFCとVTAにおけるScn2aの欠損はそれぞれPPIに対して反対の効果を持つことを示しています。SCN2A遺伝子の変異が統合失調症の責任遺伝子の1つであることは広く確立されていますが、全身性のヘテロScn2a(+/-)KOマウスはPPIの低下を示していませんでした。しかし今回の我々の結果から、Scn2aの欠損によるmPFCの機能低下はPPIの低下を引き起こすが、全身性ヘテロScn2a(+/-)KOマウスにおいてはVTAなど他の脳領域における欠損がPPIに対して持つ逆向きの効果により、おそらくその変化が打ち消されている可能性が考えられます。以上の知見と、これまでに統合失調症動物モデルで報告された知見を組み合わせ、mPFCまたはVTAでScn2aを欠損したマウスで想定されるPPI神経回路モデルを提案しました(図5)。

[図5] PPIの神経回路。(A)コントロールマウスにおける基準となる神経回路、(B)mPFCでScn2aを欠損したマウスの神経回路、(C)VTAでScn2aを欠損したマウスの神経回路。mPFCから側坐核(NAc)にある高頻度発火抑制性神経細胞(FSI細胞)への興奮性神経伝達の低下がFSI細胞の発火低下を引き起こし、それが中型有棘細胞(MSN)の脱抑制(活性化)を介して、その結果PPIの低下につながっていると想定されます。

【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

本研究により、SCN2A遺伝子変異により発症する統合失調症などにおいてmPFCが重要な脳領域であること、一方、VTAにおける欠損はPPIに対してはそれを打ち消す効果などを有することなどがわかりました。本研究成果は、SCN2A遺伝子変異によるヒトの統合失調症や神経発達症の発症メカニズムの理解、治療法の開発・改良などに貢献することが期待されます。

【補足説明】

1)内側前頭前皮質(mPFC)

大脳皮質の前頭葉の前部に位置する領域の中で、左右の脳が接する内側部分。統合失調症患者などでこの領域の複数の異常が報告され、発症に重要な役割を果たすことが示唆されています。

2)腹側被蓋野(VTA)

中脳の正中寄りの腹側にある領域で、多くのドーパミン作動性ニューロンが局在しています。統合失調症患者ではドーパミン分泌の異常も報告されています。

3)2023年6月1日プレスリリース

「Scn1aレポーターマウスは重症てんかんにおける突然死発症神経回路を提示する」(https://www.nagoya-cu.ac.jp/media/202306011000press.pdf)

4)コンディショナルノックアウトマウス / floxedマウス / Cre組換え酵素

標的とする遺伝子のあるエクソンを挟むようにDNA組換え酵素の一つであるCre組換え酵素が認識して組換えを起こす塩基配列loxP配列が組み込まれたマウスをfloxedマウスと呼びます。そのマウスの特定の種類の細胞でのみCre組換え酵素を発現させることにより、その細胞でのみ組換えを生じさせて2つのloxP配列間をノックアウトし、標的とする遺伝子を除去することができます。この手法により作成されたマウスをコンディショナルノックアウトマウスと呼びます。

5)アデノ随伴ウイルス(AAV)粒子

哺乳類の細胞に感染するウイルスで遺伝子導入に用いられる。非病原性ウイルスで安全性が高いため、臨床的な遺伝子治療にも利用されています。

【研究助成】

本研究は、日本学術振興会科研費 JP16H06276, JP22H04922, JP20H03566, JP22K07620、堀科学芸術振興財団 研究助成などにより行われました。

【論文タイトル】

Inversed effects of Nav1.2 deficiency at medial prefrontal cortex and ventral tegmental area for prepulse inhibition in acoustic startle response

【著者】

鈴木 俊光1,*, 服部 聡子2,3, 水上 浩明4, 中島 龍一2, 日比 悠里名1, 加藤 沙帆1, 松﨑 まほろ1, 池辺 龍1, 宮川 剛2, 山川 和弘1

(*corresponding author)

【所属】

1名古屋市立大学大学院医学研究科 脳神経科学研究所 神経発達症遺伝学分野, 2藤田医科大学 医科学研究センター システム医科学研究部門, 3愛知医科大学 研究創出支援センター, 4自治医科大学 分子病態治療研究センター 遺伝子治療研究部

【掲載学術誌】

学術誌名: Molecular Neurobiology(モレキュラー・ニューロバイオロジー)

DOI番号: https://doi.org/10.1007/s12035-023-03610-6

【研究に関する問い合わせ】

名古屋市立大学大学院医学研究科・脳神経科学研究所・神経発達症遺伝学分野 講師

鈴木 俊光(すずき としみつ)

名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

E-mail:toshi@med.nagoya-cu.ac.jp

【報道に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 病院管理部経営課

名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

TEL:052-858-7113  FAX:052-858-7537

E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp



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