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認知機能低下を招く難聴
~脳に情報が届かない~

 耳から入った音が神経を伝わり脳に行き、脳で処理される。脳に伝わるまでの段階で障害が起こり、音が聞こえにくくなったり、まったく聞こえなくなったりするのが難聴だ。「脳と聞こえ」に関するシンポジウムとイベント(デマント・ジャパン主催)が9月に東京都内で開かれ、音という情報が十分に脳に届かない難聴になると認知機能の低下を招く恐れがあることが報告された。

VRによって難聴を疑似体験する=都内で開かれたイベントで

VRによって難聴を疑似体験する=都内で開かれたイベントで

 認知症のリスク

 「音には個性があり、例えば、人の声やベルの音、洗濯機の音などは認識する部位が異なる。その働きによって人の声だと分かる」

肥田道彦・精神神経科部長

肥田道彦・精神神経科部長

 イベントで、日本医科大学多摩永山病院の肥田道彦・精神神経科部長はこう語った。

 耳のレベルで音をうまく感知できないと、聴覚性言語中枢に情報が入らず、音声や人の言葉を理解できなくなる。これが身近な人たちなどと会話をしない状況を招き、長期間に及ぶと話したい言葉を見つける脳の機能が使われなくなり、記憶を取り戻す機能も衰える。権威ある医学誌「ランセット」によると、聞こえの悪い状態を放置すると認知症になるリスクが高まるという。肥田部長は「難聴のケアをすることで、そのリスクを減らすことができる」と言う。

 ◇再生記憶が改善

 国立病院機構東京医療センター感覚器センターの神崎晶・聴覚障害研究室長も、難聴と認知症との関連を指摘する。「話がよく聞こえないので人の集まりに行かなくなると、社会的に孤立する。うつ状態になる上に、刺激が少なくなることから認知機能が低下してしまう」

神崎晶・聴覚障害研究室長

神崎晶・聴覚障害研究室長

 同センターの受診者とその家族の間でこんなやりとりがあったという。

 「何で病院に来なければいけないんだ」

 「私たちが大声を出さなければならいので大変なんです」

 神崎室長によると、軽度から中程度の難聴の65~85歳の人に対して記憶力の検査をしたところ、補聴器を着けた再生記憶が大幅に改善することが分かったという。肥田部長も「言葉を聞き取る能力を維持することは、視覚も良くなるメリットがある」と指摘する。

 神崎室長は補聴器について「社会とのつながりを増やして会話し、コミュニケーションを取っていくための一つのツールとして使えばよいのではないか」とし、肥田部長は「音がキンキンして聞こえたり、着けるのが面倒くさいと言ったりする人は多い。しかし、難聴の人が補聴器を着けるメリットはある」と話した。

 ◇聴覚障害児の苦労

 シンポジウムで、茨城大学障害児生理学研究室の田原敬准教授はデンマークやドイツのろう学校などでの体験と研究を発表。難聴のある人が騒がしい環境で会話をすると、頑張って聞こうと脳が働くため、心的な労力が増加する。この労力は「聞こえに対する努力(リスニングエフォート)」と呼ばれる。田原准教授は「特に子どもたちは頑張ることが当たり前になっている」と指摘した上で、「聴覚障害児と一緒に実験を行い、疲労度が高いことが明らかになった。発達に悪影響を及ぼす可能性もあるため、この部分の支援について考える必要がある」と話した。

 ◇進歩する補聴器

 イベントでは、仮想現実(VR)を用いて難聴を疑似体験するコーナーが設けられた。

 耳に異常がない人の場合は、路上で後ろから近づいて来る車の音やクラクションの音が聞こえる。難聴の場合は車が近づいて来ても、わずかな音しか聞こえないため危険だ。

 吉田豊さんは音楽活動歴50年のプロの打楽器奏者だ。

 随分前から聞こえづらくなった。家族から話し掛けられても内容が分からず、何回も聞き返して怒られた。最初に補聴器を着けた時は楽器の音が生の音ではなかった。「これでは駄目だ。音楽はできない」と感じた。その後、知人から勧められた補聴器を着けたところ、改良されており、楽器らしい音を聴くことができた。家族から怒られることもなくなった。

 最近の補聴器は人工知能(AI)を搭載するなど、以前より格段に進歩した。例えば、会話を交わす目の前の相手の話し声しか聞けなかったのに比べ、騒音を抑えた上で回りの声も聞こえるようになった。聴覚が正常な人の状態に近づいている。(鈴木豊)

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