現代社会にメス~外科医が識者に問う

世界各国で導入が進む「クオータ制」
“努力義務”で先送りする政治家の本音 ジャーナリスト長野智子さんに聞く(下)

「クオータ制実現のための勉強会」で講師を務める河野恵美子医師

「クオータ制実現のための勉強会」で講師を務める河野恵美子医師

 ◇医療界が変われば日本も変わる

 私が医師になった時から「24時間365日働くことが外科医の使命」とたたき込まれてきました。少しずつ改善はされていますが、家に専業主婦がいるということを前提とした男性中心の伝統的な働き方がまだ続いています。

 ただ、一部の医学会では役員のクオータ制の導入が進んでいるようです。医療業界は内科と外科が持つ影響力は大変大きいので、外科が変われば医療業界全体が変わります。これからも働き掛けを続けていくことで医療業界が変わり、日本全体に少なくない影響を及ぼすかもしれません。

 ◇意思決定層の女性を増やす意義

 河野 最後に一言、お願いします。

 長野 毎年のように日本のジェンダーギャップ指数の低さが報じられても、一向に改善の兆しがありません。とりわけ、政治・経済分野においてはかたくなに低い順位のままです。男性に対して「女性登用」という言葉を口にしただけで、目の前でシャッターを下ろされる感覚を幾度となく経験してきました。

 しかし、政治・経済・医療などさまざまな分野の意思決定層に多様性が反映されることによって、手付かずのままの社会課題や新しいビジネス分野へのリーチが増し、企業も国ももっと強くなる可能性が増すことはデータ*2で示されています。サステナブルな社会のためにも、本質的な議論が今必要です。ぜひ多くの人に「クオータ制」のことを知ってもらえればと思います。

聞き手・企画:河野恵美子(大阪医科薬科大学 医師)、文・構成:稲垣麻里子

 長野智子(ながの・ともこ) ジャーナリスト。上智大学卒業後、(株)フジテレビジョンにアナウンサーとして入社。1990年結婚退社。フリーアナウンサーとして数多くの情報・バラエティー番組司会を担当。1995年より渡米。報道キャスターを目指し、ニューヨーク大学大学院で学ぶ。1999年ニューヨーク大学メデイア環境学修士課程卒業。2000年よりテレビ朝日で報道キャスターとして多くのニュース番組を担当。現在は国連UNHCR協会理事としてヨルダンやケニアなど世界各地の難民キャンプを訪ねている。2024年4月から文化放送「長野智子アップデート」パーソナリティー。番組司会、コメンテーター、執筆、ナレーションなどその活動は幅広く、インタビュアーとしても高い評価を受けている。近著に『データが導く「失われた時代」からの脱出』河出書房新社がある。

 河野恵美子(こうの・えみこ) 大阪医科薬科大学一般・消化器外科医師。01年宮崎大学を卒業。06年に出産し、1年3カ月の専業主婦を経て復帰。11年「外科医の手プロジェクト」を立ち上げ手術器具の研究を開始、15年に2人の女性外科医と消化器外科の女性医師を支援する団体「AEGIS-Women」を設立。20年に内閣府男女共同参画局「令和2年度女性のチャレンジ賞」を受賞。22年「手術執刀経験の男女格差」の論文をJAMA Surgeryに発表。24年に「令和6年度女性のチャレンジ支援賞」(AEGIS-Women)受賞。パブリックリソース財団「女性リーダー支援基金~一粒の麦~」二期生。厚生労働省医学部生向け労働法教育事業の委員。TEDxNambaにも出演。

*1:民主主義・選挙支援国際研究所(IDEA)の調査

*2:村上財団とPwCコンサルティングが女性政治家が増えることによる社会全体へのメリットを検証し、共同で制作したリポート「政治分野における女性のさらなる活躍に向けて~日本の社会がより強く、優しく、しなやかであるように~」

https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/thoughtleadership/women-in-politics.html

*3:長野智子著「データが導く『失われた時代』からの脱出」(河出書房新社)

*4:「函館宣言」は2023年7月14日、第78回日本消化器外科学会総会において、消化器外科領域での男女共同参画を推進するために発表。男女の手術執刀機会と手術短期成績の解析の結果から、女性消化器外科医が男性消化器外科医ほど手術執刀の機会を与えられていなかった、特に難易度の高い術式においてその傾向が強い、女性の消化器外科医は男性よりも腹腔鏡手術の割合が少ない、術者の性別による手術短期成績の差は認められないーなどが報告された。「函館宣言」はこれらの結果を踏まえ、今後、日本消化器外科学会として男女の均等な活躍を支援することや、目標を達成するために定期的に男女の消化器外科医の手術執刀数を検証することなどを宣言した。過去の差別を反省し、未来の方針を示す画期的な取り組みとされている。

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