筋ジス「不治でなくなりつつある」
日本で多い福山型の治療に意欲―戸田達史東大教授
◇核酸医薬使う「アンチセンス法」
今、筋ジス根治を目指し、さまざまな治療法の研究・開発が国内外で行われる。新しい薬を使った治療法の効き目(有効性)や副作用の有無(安全性)を確かめる臨床試験(治験)も実施され、欧米では薬事承認されたケースも出ているが、国内で薬事承認された例はまだない。
有望視される治療法の一つが「アンチセンス法」と呼ばれる方法だ。遺伝をつかさどるDNA(デオキシリボ核酸)のような構造をした薬(アンチセンス核酸医薬)を用い、原因遺伝子の「コピー(転写)」に伴う遺伝情報をコントロールして、正常に近いタンパク質づくりを促す治療法だ。
戸田教授によると、アンチセンス法の治験が先行するのは、やはり患者の多いデュシェンヌ型だ。原因遺伝子内の変異のある部位が、翻訳で読み飛ばされるようコントロールする「エクソンスキップ療法」(エクソン51スキップ)では、国際的な製薬会社による国際共同治験も行われ、「6分間歩行に改善が見られた」との報告もあるという。国内でも国立精神・神経医療研究センターが同様の治療法(エクソン53スキップ)の医師主導治験に取り組むなどの動きがある。
戸田教授が目指すのは、福山型患者を対象にしたアンチセンス法の治療だ。実現すれば、国内では最も多くの筋ジス患者を対象にしたアンチセンス法の臨床試験になるとみられる。
「デュシェンヌ型の場合、原因遺伝子(ジストロフィン遺伝子)が大きく、患者によって遺伝子の変異部位が異なり、それに応じて別々の薬の開発が必要になる。例えば国際共同治験の場合、対象患者は同型の約10%(日本の同型患者を5000人と仮定すると500人)。これに対し福山型は、患者の原因遺伝子(フクチン遺伝子)の変異がほとんど同じなので、1種類の薬で全ての患者を治療対象にできる利点がある」と戸田教授は説明する。
◇改良した薬の安全性を試験
福山型患者の原因遺伝子(フクチン遺伝子)には、別の「動く遺伝子(レトロトランスポゾン)」が入り込んでいるという。そのため、原因遺伝子のコピーの過程で異常な「切り取り(スプライス)」が起き、遺伝情報の「翻訳」によってつくられるタンパク質(フクチン)の成分も変わってしまうことが、これまでの戸田教授らの研究で分かっている。
戸田教授は「アンチセンス核酸医薬をかけて、その切り取り箇所を『覆う』ような治療(エクソントラップ阻害療法)をしたい。同じアンチセンス法でも、デュシェンヌ型患者への治療法とは少し違う方法」と説明する。
開発した薬を患者の筋肉の細胞にかける、マウスに投与(局所注射や静脈内投与)するといった実験で、タンパク質の正常な機能が回復することは7年前までに実証済みだ。その後、必要な安全性試験の期間を大幅に短縮できるよう設計した薬を選び出し、実験をやり直した。現在はその薬を使って安全性試験を行い、準備をしている段階だ。
「この治療法が実現すれば、患者の症状の進行を食い止め、場合によっては改善し、寿命を今よりさらに延ばすことが期待できる。ただし、心筋には薬があまり届かず、効きにくい。脳に薬を運ぶには、別の投与法が必要になる」
福山型患者と家族は一日も早い治験の実現を待ちながら、治療やリハビリテーションを続ける。日本筋ジストロフィー協会は、必要になる患者の遺伝子情報・医学情報の登録を受け付ける。「臨床試験はいつからとは言えないが、できるだけ早く開始したい。これだけの患者が治療を待っているというアピールのためにも登録してほしい」と戸田教授は呼び掛ける。(水口郁雄)
■福山型先天性筋ジストロフィー
故福山幸夫博士が1960年にその存在を報告し、戸田教授らが1998年に原因遺伝子を特定した。遺伝子の変異は「今から2000~2500年前の弥生時代、1人の人間に発生し、遺伝で伝わった」(戸田教授)という。90人に1人が遺伝子変異のある保因者で、両親双方から遺伝子変異を受け継いだ子に発症する。
原因遺伝子がつくるタンパク質(フクチン)の働きは、筋肉の伸び縮みという負荷がかかっても、筋細胞の膜が壊れにくいよう保護する構造に関係する。戸田教授は、遠藤玉夫・東京都健康長寿医療センター研究所所長代理と共同で、このタンパク質が、これまで人体では確認されていなかった「リビトールリン酸」(キシリトールの一種)をはめ込む酵素であることも近年突き止めた。遺伝子の変異の結果、この酵素が働かないと、細胞の周りを包む『糖鎖』という部分がうまく形成できず、膜が壊れることにつながるという。(了)
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(2018/05/26 16:05)