一流に学ぶ 「女性外来」の先駆者―対馬ルリ子氏

(第2回)
花の東京浪人生活
同級の女生徒とルームシェア

21歳の時、お正月に晴れ着姿で写真撮影をした
 「周りのみんなが地元の国立狙いなのに、私はさっさと八戸を離れて東京に出て遊びたい、東京に行くなら東大と軽く考えていたんです」と対馬ルリ子氏。しかし現役での受験は失敗に終わる。東京の予備校で浪人生活を送ることを決めると、周囲から「女が浪人までして医学部に行かなくても」「開業医の娘なのだから、医者のだんなさんを見つけてお婿さんにもらったらいい」という雑音が聞こえてきた。

 それでも両親は、対馬氏が父親の医院の跡を継いでくれると期待して医学部進学を応援してくれた。「母は手に職を持たず若くして結婚したため、父とけんかしても立場が弱かった。娘たちにはたとえ結婚しなくても、離別や死別しても自分の力で生きていけるよう、何か資格を取らせたいと医学部進学を望みました」

 出産直後に娘の1人を取り上げられた無念の思いがあったのかもしれない。同じく浪人を決めた同級生の女生徒と2人で上京。ルームシェアで共同生活を始めたが、予備校に行くと男子生徒から「何で女が浪人してるの? お嫁に行けなくなるよ」などと口々に言われ、さらに強い反発を覚えた。

 「あまりにも周りにあれこれ言われるので、女性が自分で好きな道を考えて生きていける世の中にしなきゃいけない、余計なことを言われないようにするためにも、私は女性を助ける仕事をしよう、と思うようになりました」。周囲の雑音をよそに、対馬氏は都会での生活を思う存分満喫した。

 「予備校の授業は面白かったし、優秀な学生が全国から集まってくる環境で、知的な刺激がいっぱいありました。恋をしたり街をうろついたりして、1浪目は遊んでしまって。勉強に本腰を入れたのは2浪目になってからでした」

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