「医」の最前線 乳がんを書く

乳房再建の理想と現実
~手術直後とは異なる姿~ (医療ジャーナリスト 中山あゆみ)【第10回】

 人工のシリコン製バッグや下腹部の脂肪などの自家組織を使って、手術で摘出した乳房に膨らみを取り戻す乳房再建。2013年に人工物を使う手術が健康保険の適用になってから、治療の選択肢として当たり前になっている。

 私は20年10月に乳がんの手術を受けた。乳がんのしこりの大きさが1.5cmで、場所は乳がんの好発部位である外側上部4分の1。かなり脇に近い部位だったので、温存手術が第一選択と考えられた。しかし、温存手術をした場合、術後の放射線治療が不可欠となる。私は「肺アブセッサス症」(非結核性抗酸菌症の一つで、人には感染しない結核に似た病気)というまれな呼吸器疾患の患者でもあり、肺に空洞がある。それが乳がんの位置とほぼ一致していたことから、放射線の影響が懸念された。放射線治療後は、肺に基礎疾患のない人でも肺炎を起こす場合がある。空洞のある場所に放射線が照射されたとき、いったいどんな影響があるのか予測が付かなかったため、がんの主治医は「放射線治療は避けたほうが良いかもしれない」と言う。それで、乳房全摘あるいは全摘+乳房再建という選択肢も示された。

再建後の写真に期待が高まる

再建後の写真に期待が高まる

 ◇ホームページのきれいな乳房

 乳房再建が保険適用になる前から、「失ったものを元通りにして治療が完結する」という考え方を支持してきたし、万が一、自分が乳がんの手術を受けるなら、当然、再建しようと考えていた。

 病院のホームページには、手術の傷すら分からない、左右対称な、きれいな乳房の写真が載っていた。「こんなにきれいに仕上がるなら」と、一度は心が揺れた。しかし、乳房再建をするとなると、入院期間が長引く上、シリコンインプラントを入れるために、もう一度手術しなければならない。いざ受けることを考えて、実際の工程を想像すると、なかなかの負担だ。手術で乳房を全摘する、皮膚を伸ばすためにティッシュ・エキスパンダーを挿入する。約6カ月後、皮膚が伸びたところで再手術して、ティッシュ・エキスパンダーを取り出し、シリコンインプラントと入れ替える。自分のスケジュールと合わず、選ばなかった。

 ◇再建の満足度は美意識の問題も

 乳房再建を受けた知り合いから、イメージとは違った仕上がりで悩んでいるという話を聞いた。「手術の直後は腫れていたから、いい感じだったけど、腫れが落ち着いてきたら、シリコンが不自然に盛り上がっていて『おわん』が貼り付いたみたいに目立つの。もう取ってしまいたい。主治医に不満を言ったら、普通、ホームページには出来の良い偏差値70を載せるでしょう、だって」

 特に、スリムな体形で皮下脂肪が少ない人の場合、手術していない方の胸と同じ大きさ、形にするのが難しいようだ。再建に使うシリコンインプラントは外国製で、小柄な日本人に合うサイズの選択肢が限られるからだ。自分のおなかや背中の筋肉と脂肪を移植して行う自家再建もあるが、乳房以外の場所にもメスを入れるため、負担が大きくなり、決断できなかったという。

 「医者の許容範囲は、ブラジャーをした状態できれいに見えて、温泉にも抵抗なく行かれるというラインだって。これって美意識の問題で、私のような仕上がりでも満足する人はいるのかもしれない」

乳房再建に使用するインプラント=左がスムーズタイプ ラウンド型・右がテクスチャードタイプ アナトミカル型(滴型)

乳房再建に使用するインプラント=左がスムーズタイプ ラウンド型・右がテクスチャードタイプ アナトミカル型(滴型)

 ◇加齢に伴い、熟れた柿のように

 また、乳房は加齢に伴い、変化していくことも考慮しておいた方が良い。手術の直後は、腫れて皮膚に張りが出た状態なので、きれいに見えるが、それが落ち着くと様子が違ってくる。さらに、年月がたつと、残った方の胸は年齢と共に老化していくのに、シリコンを入れた方だけが垂れずに浮いてしまうので、左右差がどんどん広がっていくという。

 「ちょうど熟れた柿みたいに、シワが寄って、ところどころくぼんだ部分がある。でも、がんになったのだし、前とまったく同じになんて、できるわけがない。年を取れば目尻にだってシワはできるのだから、老化していくのは当たり前のこと。私は再建して良かったと思っている」と別の知人は話す。

 ホームページの乳房が加齢と共にどのような変遷をたどったのかという事まで情報提供してもらえるとありがたいのだが、そんな写真撮影を引き受ける患者もいないだろう。偶然、10年ほど前に、病院のホームページに写真を提供した人の話を聞く機会があり、現在の状態を聞いたところ、「手術のすぐ後は、きれいな状態になったから見本として出たけど、あれは一時的なもの。今は違う」と教えてくれた。病院がうまく行ったケースを紹介するのは当然といえば当然の話だし、年齢と共に変化していくのも自然なことだ。経年劣化も含めて自分の許容範囲を考え、手術前に医師と十分なコミュニケーションを取ることが大切だ。

 ◇「Going flat」平らな胸で生きるという選択

 乳房全摘後、再建しないという選択をする人もいる。

 「また入院して手術を受けるのは大変」「保険が利いても費用が余計にかかる」「人工物を体内に入れるのに抵抗がある」など、理由は人それぞれだ。

 アメリカでは、全摘したままの「Going flat」姿の写真をソーシャルメディアで公開する女性が話題を呼んでいる。両方の膨らみのない胸をあらわにして、堂々とカメラに収まった女性の姿に、ある種の潔さを感じた。

 ただし、乳房が片方だけ無くなると、身体のバランスが崩れて、真っすぐに歩くことも難しくなると話してくれた人もいる。見た目だけの問題ではなく、切りっ放しの胸で不自由を感じてしまう人もいる。胸に対する思いは、人それぞれ。「こうでなければならない」ということはない。

 ちなみに、平らになった胸にシリコンで作った人工乳房を接着剤で、直接貼り付けるという方法もある。20年近く前に、人工乳房の工房を取材した時、皮膚の表面に透けて見える血管まで再現された見事な人工乳房に感動したものだ。この方法だと、温泉に行く時だけ付けるなど、付けたい時にだけ付けることもできる。最近では人工乳房を扱う会社も増え、予算に応じて既製品、セミオーダー、フルオーダーなど、さまざまな選択肢が増えている。

 ◇納得できる選択をサポート

 再建するにせよ、しないにせよ、最終的に納得できる選択をしてほしいという思いから、患者の治療法の選択をサポートしている医療機関もある。ある大学病院の乳腺外科では、乳房再建を受けたボランティアが、再建を検討している患者の質問に答えたり、再建した乳房を実際に触ってもらったりして、具体的なイメージを手助けしている。

 体験した人の話を聞いて、「再建する」という人もいれば、逆に「自分には必要ない」という結論に達する人もいるという。

 がん告知を受けて、精神的に大変な時に、さまざまな選択肢の中から、自分に合ったベストな治療法を選ぶのは簡単なことではない。乳房全摘と同時に再建する方が、手術の回数が減るので体への負担は少なくなるが、時間の無い中で焦って選択することが負担になることもあるだろう。どうしたら良いのか自分の気持ちが決まらない場合、いったん治療を終えて、落ち着いて考えてから改めて再建手術を選ぶのも一つの方法かもしれない。ただし、温存手術の場合は放射線治療が不可欠になり、その影響で皮膚が伸びにくくなるので、後で再手術をして全摘+再建するのは難しい。

 これだけ乳がんになる人が増えている限り、いつ、誰がなってもおかしくない。なってから考えるのではなく、日ごろから周囲の体験者に話を聞くなどして、自分ならどうしたいかを考えておくことも大切だ。(了)


中山あゆみ

中山あゆみ

 【中山あゆみ】

 ジャーナリスト。明治大学卒業後、医療関係の新聞社で、医療行政、地域医療等の取材に携わったのち、フリーに。新聞、雑誌、Webに医学、医療、健康問題に関する解説記事やルポルタージュ、人物インタビューなど幅広い内容の記事を執筆している。

 時事メディカルに連載した「一流に学ぶ」シリーズのうち、『難手術に挑む「匠の手」―上山博康氏(第4回・5回)』が、平成30年度獨協大学医学部入学試験の小論文試験問題に採用される。著書に『病院で死なないという選択』(集英社新書)などがある。医学ジャーナリスト協会会員。

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