「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
西欧で流行再燃
~日本の出口戦略への教訓~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第41回】
日本ではオミクロン株の流行が2022年2月初旬をピークに減少に転じています。しかし、その減少スピードは緩やかで、現在もピーク時の半分近くの1日4万人前後の感染者が発生しています。西ヨーロッパでも感染者数は減少していましたが、3月中旬から再び増加傾向が見られています。この流行再燃の原因はどこにあるのでしょうか。今回は西ヨーロッパの現状から、今後の日本の出口戦略を考えてみます。
G7首脳会合の記念撮影を終えた(左から)NATOのストルテンベルグ事務総長、フォンデアライエン欧州委員長、岸田文雄首相、カナダのトルドー首相、米国のバイデン大統領=3月24日、ベルギー・ブリュッセル
◇G7サミットでの異様な光景
22年3月24日にベルギーのブリュッセルで、ロシアによるウクライナ侵攻問題などを話し合うため、先進7カ国(G7)と北大西洋条約機構(NATO)が首脳会合を開きました。日本からも岸田文雄首相が参加し、会議の模様はニュースなどで報道されましたが、その現地映像に違和感を覚えた方も多いのではないでしょうか。参加している各国首脳や随行員がマスクをせずに会話したり、握手やハグをしたりする姿が映されていたからです。西ヨーロッパ諸国は3月初旬から、新型コロナの感染対策を大幅に緩和し、出口戦略を進めていたのです。
現在までに、オミクロン株の特徴は次第に明らかとなり、感染力は強いが重症化する人は少ないことや、ワクチンの追加接種(3回目接種)を受けていれば重症化リスクはさらに低くなることが分かってきました。英国やフランスなどの西ヨーロッパ諸国では、追加接種率が既に5割以上に達していたため、3月に入り、感染者数が減少してくると、マスクの着用や飲食店でのワクチン証明提示などの感染対策を大幅に緩和しています。
これは、西ヨーロッパ諸国が社会経済を再生する出口戦略にかじを切ったことを意味します。そんなさなかにベルギーでG7サミットが開催されたのです。
ところで、米国は少し事情が異なります。感染者数は減っていますが、ワクチンの追加接種率が3割以下とあまり高くありません。感染対策は緩和されつつありますが、西ヨーロッパほど急速ではないのです。そんな事情もあってか、バイデン大統領は場面に応じてマスクを着けていました。
◇3月中旬からの流行再燃
西ヨーロッパで感染対策が緩和される中、3月中旬から各国で感染者数の再増加が起きています。英国やフランスでは1日に10万人前後で、3月上旬に比べると倍近くに増えています。ドイツでは3月になっても感染者数があまり減らずにいましたが、最近では1日20万人以上に達しています。
3月23日に世界保健機関(WHO)ヨーロッパ事務局は「各国が急速に感染対策を緩和したことが再燃の原因」とする声明を出しています。それにもかかわらず、いずれの国でも重症者や死亡者の数は少ないため、今のところ感染対策を再強化する動きは見られていません。一度緩めた対策を再び強化するのは、なかなか難しいのです。
◇再燃原因は他にも
こうした感染対策の緩和以外に、流行再燃の原因として二つの点が考えられます。
一つは、オミクロン株の中でも感染力の強いBA.2という種類が拡大している点です。西ヨーロッパではBA.1やBA.11という種類が主流でしたが、次第にBA.2に置き換わりが進み、英国保健当局によれば、3月末の時点で検出ウイルスの9割以上をBA.2が占めています。
BA.2はBA.1に比べると感染力が30%ほど強く、その拡大により感染者数の増加は避けられないようです。ただ、デルタ株とオミクロン株ほどの感染力の差はないため、感染者数が急増することはあまり考えられません。また、既にBA.2が主流になっているインドなど南アジア諸国では、感染者数が順調に減少しており、BA.2拡大が西ヨーロッパでの再燃の一因であっても主要な原因ではないと考えます。
もう一つは、ワクチンの追加接種による免疫が低下している点です。西ヨーロッパでは追加接種が昨年の9月ごろから始まりました。オミクロン株に対しては、ワクチンの2回接種では予防効果が弱く、追加接種が必要になります。ただし、追加接種の効果も半年ほどで減衰することが明らかになっており、西ヨーロッパではまさに今、免疫が低下する時期になっているのです。これも流行が再燃している原因と考えることができます。
このワクチン効果減衰への対策として、英国などでは4回目の接種が始まっていますが、現時点では高齢者や医療従事者などが対象になっているだけで、全国民に広げるかどうかは検討中です。
このように、西ヨーロッパで流行が再燃している原因としては、感染対策の緩和が主要な要因ですが、他にもBA.2の拡大やワクチン効果の減衰などが関係しています。
3回目接種を受ける岸田文雄首相=3月4日、東京都千代田区
◇日本が学ぶべきこと
では、西ヨーロッパでの流行再燃により、どこまで感染者数は増えるでしょうか。私は今年1月ごろのピークに近い数値までは増加しないと思います。そうなる前に感染対策が再強化され、4回目接種の対象も全国民に広がっていくでしょう。
こうした西ヨーロッパでの流行状況は、今後の日本の出口戦略を考えていくためにも重要な情報です。現時点で日本の追加接種率は国民の4割前後であり、まずはこの接種率を5割以上まで増加させる必要があります。これは今年5月ごろまでに達成したいものです。
その時点で感染対策を緩和して、社会経済の再生に向けた出口戦略を発動することができますが、西ヨーロッパのように急速な緩和は流行の再燃を起こす危険性があります。まずは、段階的な緩和を行うべきです。
さらに、その時期にどのような種類のウイルスが流行しているかも重要な要素です。日本でもBA.2が拡大してきており、その動向に注意しつつ、新たな変異株流行への監視を強めていく必要があります。
もう一つは、ワクチンの4回目接種で、厚生労働省は5月末までには開始できるように準備を進めています。接種対象をどこまで広げるかは今後の検討課題ですが、それによって国民の免疫状態が一定レベルに達したら、感染対策の緩和を強く進めることができるでしょう。いずれにしても、日本はまだ3回目接種の途中ですから、それを早く終わらせることが優先課題になります。
来年のG7サミットは日本で開催される予定です。その時には、ブリュッセルでのG7サミットのような光景が安心して見られることを期待します。(了)
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2022/03/31 05:00)