「医」の最前線 AIと医療が出合うとき
開発途上国の医療を助ける新技術
~医療格差是正へのAI利用~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第15回】
貧しい人々が住むスラム地区(2022年、アフリカ・シエラレオネ)=AFP時事
◇AIが開発途上国にもたらすもの
上記のような医療格差是正を目指したAI活用事例が増加する一方、AI自体が格差を拡大するという一面も現実にはある。国際通貨基金(IMF)による調査では、普遍的にAIが台頭することは、いくつかの異なるチャンネルで「貧富の差を拡大させる可能性」を指摘している(※4)。つまり、賃金の高い先進国では労働力を新しい技術に置き換える動機が強く、自動化が確立される先進国へと投資がさらにシフトし、富裕国と貧困国の格差が拡大する恐れがあるというものだ。また従来、開発途上国では労働人口の多さと賃金の安さが強みとなってきた面もあり、労働力を代替する動きは直接的な影響を与え、大規模な雇用喪失を介して開発途上国の国内総生産(GDP)を大きく減少させる可能性にも言及している。
医療AIに限ったトピックとしても、開発途上国では実はこの種の先進ソリューション自体への十分なアクセスが確保できない可能性があることも、新たな地域間差を生む恐れにつながっている。実際、国際連合の専門機関の一つである国際電気通信連合(ITU)によると、アフリカでは人口の40%しかインターネットを利用しておらず、例えば利用率として80%を超える日本など先進各国との差は大きい。後発開発途上国や内陸の途上国ではさらにこの割合は低下する(※5)。AIはデータ駆動型技術であり、オンライン接続を前提とするケースも多いため、長期的にはインターネットへのアクセス不足により、世界の特定の地域において「医療AIがもたらすことが期待される恩恵から孤立する」といった危惧がある。さらに、AI技術の成功と普及は医療システム内のデータストレージ、処理能力、その他のインフラ容量に依存することになり、また患者データのバイアス問題までを含めて考えると、「ある程度の技術が確立すれば、それを医療的に脆弱(ぜいじゃく)な地域に適用して全て解決」とはならないことは明確な事実だ。
それぞれの取り組みはあくまで特定の限られた問題に焦点を当てたものであり、それぞれに一定の限界を有するが、多面的な支援の集積が大きな成果につながることは疑いようがない。公衆衛生当局や政策立案者だけでなく、技術開発を先導する人々も常に「この種の格差の存在」を意識することが事態の改善にとって重要となる。(了)
【引用】
(※1)Pokaprakarn T, Prieto JC, Price JT, et al. AI Estimation of Gestational Age from Blind Ultrasound Sweeps in Low-Resource Settings. NEJM Evid. 2022; 1:10.1056/evidoa2100058. doi: 10.1056/evidoa2100058.
(※2)WHO. Global Tuberculosis Report 2022.
https://www.who.int/teams/global-tuberculosis-programme/tb-reports/global-tuberculosis-report-2022
(※3)Sekandi JN, Shi W, Zhu R, et al. Application of Artificial Intelligence to the Monitoring of Medication Adherence for Tuberculosis Treatment in Africa: Algorithm Development and Validation. JMIR AI. 2023; 2:e40167.
(※4)IMF. Will the AI Revolution Cause a Great Divergence? IMF Working Paper. 2020.
https://www.imf.org/en/Publications/WP/Issues/2020/09/11/Will-the-AI-Revolution-Cause-a-Great-Divergence-49734
(※5)ITU. Measuring digital development: Facts and Figures: Focus on Least Developed Countries. 2023.
https://www.itu.int/itu-d/reports/statistics/facts-figures-for-ldc/
岡本将輝氏
【岡本 将輝(おかもと まさき)】
米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。
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(2023/04/06 05:00)
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