「医」の最前線 AIと医療が出会うとき

心電図の限界をクリア
~医療AIが示す大きな可能性~ (岡本将輝・米マサチューセッツ総合病院研究員)【第1回】

 近年、大きな注目を集めている人工知能(AI)技術は、多種多様な医学領域への適用でも巨大な可能性を示している。実は、この数年間において、AIによる技術革新の波は心電図にも押し寄せている。この古典的検査は大幅にその機能が拡張され、主要な限界をクリアする事例も多数見られるようになった。今回は、特に「不整脈」に着目し、AIがどのように心電図検査を変えようとしているのか、今後の展望を含めて示したい。

心電図モニター

 心電図検査は日常診療で一般的に用いられる医学検査の一つだ。20世紀初頭、オランダ人医師であるWillem Einthovenによって発明・実用化された。定期健康診断が義務付けられている日本では、何らかの疾患を持たない健康な人であっても、比較的馴染み深いものとなっている。心電図では心臓の収縮と拡張に伴う電気活動を測定することで、虚血性心疾患や不整脈といった心臓に起因する異常を効果的に検出することができる。一方、従来型のいわゆる安静時心電図は、(1)受検時に異常所見を示していなければ疾患の存在を指摘しづらい(2)波形の評価は医師の技量に左右される(3)健診機関を含む医療機関での測定を前提としているため、日常的モニタリングには向かない-など、一定の限界もあった。

 ◇きっかけとなった一つの論文

 2019年夏、1本の論文が権威ある学術誌・The Lancetから公表された(※1)。米メイヨー・クリニックの研究者らを中心としたチームによるもので、「AIを用いることで洞調律(正常に見える心電図)から隠れた心房細動を識別することができる」と明らかにしたものだった。心房細動は不整脈の一種だが、適切な治療介入がなければ心房内の血流がよどみ、形成された血栓が血流に乗ることで脳梗塞などの塞栓症を引き起こすリスクがある。循環器系の重要疾患である心房細動だが、不整脈の発現のタイミングや持続時間がまばらであるため、平時には何らかの心電図変化が見られず、診断の遅れや見逃しを招いていた。

 研究チームは、18万人を超える患者から取得した「65万件に及ぶ心電図波形データ」を利用し、深層学習の一つである畳み込みニューラルネットワーク(CNN)をトレーニングした。多量のデータ(画像および正解ラベル)から学習を進めたAIは微細な変化を捉え、人間の医師の目には正常所見としか見えない心電図波形から、優に80%を超える精度で「潜在的な心房細動の存在」を識別することができるようになった。これは、以前には捉えることができなかった未診断の患者群を検出する助けとなることを意味し、特に日本のように健診システムが高度に機能する環境では、定点での心電図検査に組み合わせることによって、より早期の心房細動検出を可能とする、効果的なスクリーニング体制の構築に結び付くものだ。

米メリーランド州シルバースプリングの米食品医薬品局FDA=EPA時事

 ◇さらなる研究の進展

 CNNは特に画像認識で強力な性能を示すが、上記論文以降、心電図波形への適用によって不整脈関連の優れた成果が相次ぎ、古典的検査として長らく定常的な価値を示してきた心電図検査は、AIとの交点において、改めてその臨床的有効性を飛躍させようとしている。

 心房細動に関して言えば、Geisingerの取り組みは興味深い。Geisingerは、米ペンシルベニア州を中心として300万人以上の住民に医療を提供する大規模ヘルスケアプロバイダーだが、同研究チームは160万件以上の心電図波形データを利用し、未発症者からの「1年以内の心房細動発症を予測するAIモデル」を構築した(※2)。隠れた罹患(りかん)者を検出することからさらに一歩先に進み、人の目には無所見と映る正常心電図から「将来の発症」を予測するこの成果は、現在、米Tempus社との協調によって社会実装が進められている。米国における医療機器の規制当局に当たる米食品医薬品局(FDA)は21年、同システムを「ブレークスルーデバイス」として指定した。これにより重要性の高いシステムとしてFDAの評価が優先的に行われ、プロセスの迅速化を通した早期の市場展開が検討されている(※3)。

 心房細動の事例に見られるように、AIは心電図との関わりで「人の目を超えた識別能」を示し、古典的な検査に新たな価値を加えている。今後、同種技術が実臨床導入され、医療水準の有意な向上に資するためには、加えて「安定した識別精度」が求められることとなる。多様な属性を含むあらゆる患者集団で、真に一定の精度を維持し続けるためには、学習データの多様性を担保するだけでなく、継続的な精度評価と管理を行う現実的な仕組みを持ち込むことも欠かせない。

アップルウオッチ・シリーズ4

 ◇心電図は個人で測定する時代へ

 冒頭で触れたように、標準的な心電図は医療機関での測定を前提としている。一方、日常的で継続的な心電図測定には、予防、診断および疾患管理の観点からも一定の効果を見込むことができる。隠れた不整脈の存在を評価する目的などに、ホルター心電図と呼ばれる24時間測定のデバイスは存在するが、循環器科医の指示の下に使用する専門検査の範囲となる。日常的なセルフチェックとして、心電図が身近なものとなることを予感させたのは、Apple社が18年に発表した「Apple Watch Series 4」だった。これは従来のシンプルな脈拍測定機能を超え、FDA認可を受けた心電図アプリを搭載し、一定の質が担保されたヘルスデータとしての日常的な心電図測定を実現した。当然、複数の電極を用いる標準的な12誘導心電図に比べると、情報量は必ずしも多くない一方、約42万人を追跡した大規模研究によって、Apple Watchの不整脈(心房細動)検出が一定の効果を有することが示されている(※4)。当初は、日本国内で利用できなかったこの心電図機能も、21年から解禁されており、現在、日本人集団における学術的評価も多面的に進んでいる。

 今後、このようなウエアラブルデバイスを中心として、医療機関外での心電図をはじめとした生体データの取得は間違いなく加速していく。また、上述のように、AIによってデータの解釈可能性はさらに広がるが、同時にAIによるヘルスデータの自動解析は、専門家の目を介さない情報要約と意思決定の場面を増やす可能性がある。医療の質を直接押し上げる有為な技術として医療AIを適切に社会に備えていくためには、研究者の真摯(しんし)な探究心や開発者の良心だけでなく、エンドユーザーの「必ずしも手元の解析結果が常に正しいわけではない」ということを理解するAIリテラシーが併せて求められている。

 今回は、古典的検査をAIが拡張した例として心電図、特に不整脈の検出を中心に取り扱った。既存の手法であり、かつ広く普及する心電図検査であるからこそ、AIによる機能拡張のインパクトが大きいと言える。新たな科学的エビデンスは日々付加されており、今後の動向からも目が離せない。(了)

【引用】
(※1)Attia ZI, Noseworthy PA, Lopez-Jimenez F, et al. An artificial intelligence-enabled ECG algorithm for the identification of patients with atrial fibrillation during sinus rhythm: a retrospective analysis of outcome prediction. Lancet 2019; 394:861–867.
(※2)Raghunath S, Pfeifer JM, Ulloa-Cerna AE, et al. Deep neural networks can predict new-onset atrial fibrillation from the 12-lead ECG and help identify those at risk of atrial fibrillation-related stroke. Circulation 2021; 143:1287–1298.
(※3)The Medical AI Times.「Tempus - 心房細動発症を1年前に予測する心電図分析プラットフォーム」
(※4)Perez MV, Mahaffey KW, Hedlin H, et al. Large-Scale assessment of a smartwatch to identify atrial fibrillation. N Engl J Med 2019; 381:1909–1917.

岡本 将輝 氏

 【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。

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