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第8回 乳がんの再発・転移防ぐ薬物療法
手術の前後、患者に応じた薬を選んで 東京慈恵会医科大の現場から

 ◇HER2陽性乳がんには分子標的薬も

 手術の前後に、分子標的療法を行うこともあります。

 がん増殖が速い「HER2陽性」の乳がんでは、手術の前に、分子標的治療薬のトラスツズマブ単独か、トラスツズマブとペルツズマブを、タキサン系の抗がん剤と組み合わせて使用します。手術後も継続し、合計で約1年間投与します。「抗HER2療法」とも呼ばれます。

 体内に入ったトラスツズマブやペルツズマブは、がん細胞に現れるHER2タンパクだけに結合します。免疫細胞がそれらを認識し、がん細胞を攻撃するよう作用します。

 しかし、HER2タンパクはもともと、がんとは関係ない形で心臓にも発現しているため、心臓の機能低下という副作用が現れる人もいます。このため、投与前から定期的な超音波検査(エコー検査)による心臓の機能評価が必須となります。

 またトラスツズマブやペルツズマブにしかない副作用として、投与中や投与直後に現れる「輸注反応(インフュージョンリアクション)」があります。症状としては、発熱や悪寒、発疹といった比較的軽いものから、呼吸困難感、血圧の低下、血液に酸素を取り込む能力の低下(酸素化低下)といった重いものまであります。

 トラスツズマブを初めて点滴する際には、約4割の人に輸注反応が出現することが分かっています。出た場合は、まず点滴を中止し、症状に応じて炎症を抑えるステロイドや抗ヒスタミン薬を使用し、症状が改善すれば点滴を再開します。

 ◇ホルモン療法薬は5~10年の長期使用に

 乳がんには、がん増殖に女性ホルモンが影響する(ホルモン感受性がある)タイプがあり、「ルミナル(ホルモン受容体陽性)型」と呼ばれ、患者の多くを占めます。ホルモン療法は、このタイプの乳がんに対する薬物療法で、手術後、再発を抑えるために5年から10年行います。

 患者が閉経の前か後かで、ホルモン療法薬は異なります。閉経前は女性ホルモンのエストロゲンが卵巣で作られるのに対して、閉経後は卵巣の機能が低下し、代わりに副腎や脂肪組織で作られるので、それぞれに合わせた薬が必要になるためです。

 閉経前であれば、抗エストロゲン作用を持つタモキシフェンという薬を5年間毎日内服、さらに卵巣機能を抑制するLH―RH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)アゴニスト製剤と呼ばれる薬の注射も、1カ月または3カ月もしくは6カ月に1回の頻度で2年以上継続します。

 閉経後であれば、副腎や脂肪組織のエストロゲン作りを抑えるため、アロマターゼ阻害剤という薬を5年間毎日内服します。

 こうしたホルモン療法薬の副作用としては、ほてり、のぼせ、関節痛や筋肉痛があります。アロマターゼ阻害剤は骨粗しょう症を引き起こすこともあり、定期的に骨密度を測定して内服の継続や変更を考えていきます。

 なお、ホルモン感受性がある乳がんでも、手術前のホルモン療法は、有効性はあるものの、薬の投与期間や病状の長期的な見通し(長期予後)などで一定の見解が得られていないため一般的ではなく、標準療法とは考えられていません。

 乳がんの治療は日進月歩です。患者にとって大事なのは主治医任せにせず、治療の内容や副作用を理解し、自分にとって最適な治療を選ぶことです。

 状況によっては、手術後に抗がん剤の化学療法を受けるべきかホルモン療法だけでよいのかといった判断に迷うときがあります。そんな場合こそ、主治医と積極的に話し合って治療内容を決めることが大切です。自分はどんな治療を受けたいかをはっきり考えることが、乳がんを克服する第一歩になります。(東京慈恵会医科大学附属病院腫瘍・血液内科 林和美)

 


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