こちら診察室 アルコール依存症の真実

酒に手を出した女性たち 第3回

 ちあきなおみの持ち歌に「ルイ」という落涙ものの曲がある。酒場に勤めていた気立ての良い女が、絵描きのたまごと恋に落ちる。女は仕事で、飲めない酒を飲んで男に貢ぐ。だが、男は絵の勉強のために一人でフランスに旅立つ。残された女は、深酒を重ねて死んでしまう。帰ってきた男は、ルイが好きだった街に画廊を開き、今は亡き女のデッサンを飾る…。そんな歌詞だ。

劣等感から酒に走る

劣等感から酒に走る

 ◇飲酒は女性に牙をむく

 ルイがアルコール依存症になったのかどうかは分からないが、過度の飲酒は心身に極めて大きなダメージを与えてしまう。男性に比べて、女性はアルコールの代謝能力が低く、リスクが高い。アルコール依存症にしても、男性より少ない飲酒量と短い期間で陥ってしまうらしい。

 男女に限った話ではないが、アルコール依存症になったら3分の1は病気で、3分の1は事故か自殺で命を落とす。残りの3分の1は何とか生きながらえるが、飲み続ける限り、心身が無傷ではいられないという。

 今回から数回にわたり、アルコール依存症になった3人の女性の話を伝えたい。彼女たちはそれぞれ、どのようにして「アルコール依存」という名の深くて暗い沼に引き込まれ、何を失ったのだろうか。紹介するのは、死の淵から、まさに死に物狂いで生還できた女性たちの壮絶な物語である。

 ◇初めての酒

 3人の女性をAさん、Bさん、Cさんとしておく。Aさんは20歳になってから、Bさんは19歳の時、Cさんは少し早い16歳で初めて酒を飲んだ。

 その時、Aさんは看護学校に通っていた。大学生とのコンパがあり、乾杯のビールは苦かったが、焼酎のグレープフルーツ割りは飲みやすかったことを覚えている。それから常飲することはなく、看護師になってからも付き合い程度の酒だった。それが飲酒というわなにはまっていく。

 Bさんの酒は会社の歓迎会が初めてだった。

 「何のお酒かは忘れましたが、ジュースみたいで甘かったです。2、3杯飲んだだけなのに、足をとられ、抱えられて家に帰りました」

 そう語るBさんは、すぐに酒の魅力に引き込まれた。

 「私、容姿に劣等感があって、無口で人との付き合いが苦手でした。でも、お酒を飲むと明るくなって、誰とでも話せるのです。変わる自分がうれしかった」

 Bさんは続ける。

 「人の視線をとても気にしていて、何でもきちんとして真面目でした。自分の殻に閉じこもるというのかな。ところが、お酒は殻を吹き飛ばしてくれるのです。本当は真面目なんかじゃない自分を、表に出させてくれました」

 ◇大人気分で飲む酒

 Cさんは勉強が嫌いで高校に在籍はしたが、ほとんど学校に行かず、ぶらぶらした日々を過ごしていた。

 「友だちと面白半分で、たばこを吸って、お酒を飲みました。友だちはゴホゴホしたり、まずそうにしたりしていたけど、私は平気でした」

 酒とたばこは大人の象徴だと思っていたCさんは「友だちよりも大人である自分」が誇らしかったという。そして、年齢をごまかせば酒が飲めて、たばこが吸える水商売の門をたたくことにした。

 「スナックバーの面接に行きました。ママに『飲める?』って聞かれて、『もちろん飲めます』と答えました」

 面接に行ったのは営業時間中だった。客の1人が「じゃあ、僕がおごろう」と声を掛けた。

 「バーテンさんがシェーカーを振って甘いカクテルを作ってくれました」

 客は面白がったのだろうか。「何杯でも飲んでいいよ」と酒を勧めた。

 「調子に乗って15杯。お酒に強いところを見せて、店の売り上げにも貢献すれば採用してくれると思ったものでした」

 動機は違うが、ルイが酒を飲んだのは、店の売り上げに貢献することで男に貢ぐ金を得るためだった。

 ◇飲む理由

 Cさんが最初から「大酒飲み」であったのと違い、Bさんは酒の量がどんどん増えていく飲み方だった。

 「最初は、ジュースっぽくてアルコールも少なめでしたけど、だんだん強いお酒になっていきました。ウイスキーでいえば、水割りやハイボールは薄めから濃いめに、そのうちにオン・ザ・ロックになり、西部劇のカウボーイのように、ストレートを一気に飲み干すこともできるようになりました」

 Bさんは無口な自分が変わるのが楽しかった。

 「『普段とまったく違うんだね』『けっこう活発だね』『かわいいね』と言われるのがすごくうれしかった。いつもは、『真面目で、取っ付きにくい』と思われていましたから」

 Bさんは酒場で仲良くなった男性と結婚した。25歳。飲み始めてから6年後だった。
「主人とは晩酌をずっと続けました。結婚して10年以上は、セーブが利く飲み方ができていたと思います」

 ◇劣等感が背景に

 CさんもBさん同様、自分にある種の劣等感を抱いていたという。それについては次回に書くが、「酒に強いのが売り」のCさんは、客と一緒に大いに飲んだ。そんな飲み方を心配したのか、ママに言われた言葉を思い出す。

 「長く仕事をしたいのだったら、自分の飲む量をコントロールしてやっていかないと駄目よ」と忠告されたという。ママは酒で健康を害したり、身を持ち崩したりする女性たちを何人も目撃してきたのだろう。「でもね」とCさんは振り返る。

 「きょうは3杯までにして、後はコーラでお客をごまかしてお店に出ても、1杯入ってしまうとコロッと気が変わる。『こんな酔っ払い相手に商売しているのだから』と飲まずにはいられなくなるんです」

 かくして、BさんもCさんも酒を飲まない日がなくなっていく。しかしAさんの場合は少し違っていた。(続く)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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