こちら診察室 アルコール依存症の真実

飲まない生き方へ 第9回

 アルコール依存症に陥った3人の女性は、何とか飲まない日々を送っている。

飲まないと朝が変わる

飲まないと朝が変わる

 ◇憎しみの連鎖

 離婚・スリップ(再飲酒)・自殺未遂を経て、断酒にたどり着いたAさんは2番目の夫とも別れ、母親との暮らしを続けた。

 「母親のようにだらしない酒の飲み方をしたくないと思っていたのに、母親以上にだらしなく、みっともない飲み方をするようになりました」

 入院した父親に代わり、母親が家計を支えた。何かを求めるように酒をあおり外で酔いつぶれて会社の人に背負われて帰ってくるようになった。中学生だったAさんは、そんな母親に憎しみを感じ、まるで汚い物を見るような視線を浴びせた。

 ◇母に手を振り上げた

 それから十数年が過ぎ、結婚生活が破綻して母親と住み始めた頃、母親は体を壊して酒が飲めなくなっていた。逆にAさんは母親よりはるかにひどい飲み方をするようになっていた。

 「コンビニで買ったカップ酒を店の前で飲み干し、辺り構わず捨てていました。人の目なんかまったく気にしませんでした。そんな私を、今度は母親が汚い物を見るように見るのです」
Aさんは母親に手を振り上げた。

 「自分の手が痛くなるほど母を殴ってしまった時に、言葉で言い表せない気持ちになり、涙が出ました」

 ◇惨めだから飲む

 「それがアルコール依存症です。惨めで、惨めで、どうしようもなくて。でも、また飲んでしまうのです」

 断酒までの経緯は前回までに書いた。

 やがて母親は老い、介護が必要になった。母親のおむつを替えながらAさんは思う。

 「私が中学生の時、母は生活をするためと私を育てるために働きました。とてもつらくて飲んだのでしょう。それなのに、母みたいに飲むようになったのは母のせいだと恨んでいました。でも、しらふになった今、初めて母親を許してもいいような気持ちになることができました」

 ◇胸に染みた娘の言葉

 最後のスリップから2〜3年たった頃、Bさんに向かって娘は言った。

 「飲んでいるお母さんはいいでしょうけど、それを見ている私がどれだけみじめだったことか分かっているの」

 Bさんは「本当に断酒を続けなければ」と思い直した。

 「私が酒を飲むことで、どれだけ娘を悲しませたか…。言葉で言い表せないほど、娘は深く傷ついているのだなとつくづく思いました」

 BさんもAさんと同じように「言葉で言い表せない」と話した。

 「子どもの成長よりも酒でした。だから、娘は一人で大人になってしまいました。さぞ、苦しかったことでしょう」

 特に悔いが残るのは、自分の酒が原因で娘が離婚してしまったことだ。後に娘は「お母さんがあんな状態だったから、それしか選ぶ道がなかったのよ」と言った。娘は「案外さっぱりとしているわ」とも言い添えたが、自分が娘の人生を狂わせたことだけは確かだ。

 Bさんの次の言葉は連載の1回目に紹介した。

 「娘の成長過程で、一番大切な時にいつも入院していました。高校入学の時、社会人になる時、結婚の時、出産の時」

 ◇依存症の親を持つ子ども

 娘はいわゆる「ACoA(Adult Children of Alcoholics)」。アルコール依存症の親を持って大人になった人たちのことだ。詳しい説明は省くが、家庭内トラウマ(心的外傷)により、対人関係の難しさや生きにくさを抱えているとされている。Bさんは語る。

「確かに、娘はACoAかもしれません。その原因となった私が言うのも説得力がないかもしれません。でも言います。簡単にACoAのレッテルを貼ってほしくないのです。周囲のそんな目が当事者を最も深く傷つけるのではないかと思います」

 ◇危ない飲み方

 「底つき体験」を経て、やっと断酒に行き着いたCさんはこう振り返る。

 「その辺の道路に寝ているのが『アル中』だと思っていました。まさか自分が『アル中』になるなんて思ってもみませんでした」

 ところが、Cさんはアルコール依存症になった。

 「私の場合、一升とか2リットルの紙パックを買ってきているうちは、まだよかったんです。小さな紙パックを買ってくるようになったら問題です」

 自分の酒の飲み方に大きな問題があることは分かっている。だから「これを飲んだらやめよう」と、小さな紙パックや濃いめの缶酎ハイを買ってくる。そこに落とし穴がある。「1杯飲んだら、2杯も3杯も同じだ」と飲み始めてしまうのだ。

 「そんなことの繰り返しでした。小さな紙パックとか缶酎ハイを2〜3個ちょこちょこと買ってきて、『酒はまだあるかなあ』と心配し始めたら、かなり危ない飲み方なんじゃないかな。今だからそう思います」

 ◇朝が変わった

 Cさんはしらふの生活をしばらく続け、あることに気が付いた。

 「あの頃、『もう朝なんか来なきゃいい』と泣きながら飲んでいました。でも、飲まなくなると違うのです。前とは全然違うのです」

 それは、朝の迎え方だ。

 「飲まなければまぶしい朝が、そして素晴らしいあすがやって来るのです。それがしみじみと実感できました」

 Cさんはホームヘルパーの仕事に就き、酒のない一日を日々積み重ねている。(了)

 佐賀由彦(さが・よしひこ)
 ジャーナリスト
 1954年大分県別府市生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。フリーライター・映像クリエーター。主に、医療・介護専門誌や単行本の編集・執筆、研修用映像の脚本・演出・プロデュースを行ってきた。全国の医療・介護の現場(施設・在宅)を回り、インタビューを重ねながら、当事者たちの喜びや苦悩を含めた医療や介護の生々しい現状とあるべき姿を文章や映像でつづり続けている。アルコール依存症当事者へのインタビューも数多い。

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