遺伝子検査 家庭の医学

 呼吸器疾患診療のなかで、近年、肺がんにおける遺伝子検査が急速に進歩しています。遺伝子を構成しているDNAはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)という4つの塩基からなる核酸ですが、がん細胞で生じている遺伝子の塩基配列の変化を調べる検査(体細胞遺伝子検査)が肺がん診療に導入されています。腺がんは肺がんのなかでもっとも多い組織タイプですが、日本人の肺腺がんの約半数において上皮成長因子受容体(EGFR)という遺伝子に活性型の変異があり、これらの遺伝子変異を有する患者さんではEGFRの活性化を阻害する薬剤が有効です。こうした特異的な遺伝子からつくられるタンパクに対する治療薬は分子標的治療薬と呼ばれており、その適応を決めるために遺伝子検査が必要です。EGFR遺伝子変異以外にも、ALK融合遺伝子、ROS1融合遺伝子、BRAF遺伝子変異、MET遺伝子変異、RET融合遺伝子などが肺がんの発症や進展に重要であることがわかっており、各々の遺伝子異常を検査することで特異的な治療薬の適応が決められます。
 近年、次世代シークエンサーと呼ばれる解析装置を用いて核酸の塩基配列を高速で読み取る技術が飛躍的に進歩し、がん診療に導入されています。そのなかで、上記の遺伝子を同時に検査する機器も登場しています。ただし、気管支鏡検査などによって採取された腫瘍組織の大きさや腫瘍細胞の状態によっては解析がむずかしい場合もあり、それぞれ単一の遺伝子検査、特に頻度の高いEGFR遺伝子変異やALK融合遺伝子の検査が優先的にされる場合もあります。
 がん診療以外にもさまざまな微生物(細菌・ウイルス・抗酸菌・真菌など)の感染症検査において、PCR(Polymerase Chain Reaction)法に代表される核酸増幅技術を用いた遺伝子検査が普及しています。特に呼吸器領域の感染症では、結核菌や非結核性抗酸菌、またSARS-CoV-2(新型コロナウイルス)のPCR検査などが実地診療において用いられています。

(執筆・監修:順天堂大学大学院医学研究科 助教〔呼吸器内科学〕 嶋村 尚子)