職業性腰痛〔しょくぎょうせいようつう〕 家庭の医学

 腰痛は、人間が2本足歩行するようになったことによる宿命であり、腰痛で苦しんだ経験のない人のほうが少ないといわれるほど頻度は多いのですが、実は労災で認定される労働人口あたりの腰痛は、日本ではアメリカの100分の1です。腰痛には無理な作業で急激に発症する場合(負傷に起因する場合)と、腰部の疲労が続いて、いつとはなしに発症する慢性型があり、おそらく後者のほうが多いと思われます。しかし、わが国ではいわゆる慢性の腰痛で労災認定されているのはわずか数十人で、大部分(約5000人)は急性型です。個別の企業などの腰痛の疫学調査では日米で大きな差がないのに、公的な統計でこのように大きな差が出るのは、労災保険および医療保険の制度の差のためです。
 アメリカでは医療保険が不十分で医療費が高額であるのに対して、労災は認められやすく本人負担はないので、腰痛を労災で治療することが多くなります。一般に腰痛症のほとんどはX線などの検査で異常がなく、痛みの自覚症状だけであり、発症経過も具体的に示しにくい慢性型では、作業との因果関係を証明するのは困難です。ヨーロッパでは一般の医療の公費負担が充実していることもあいまって、慢性型腰痛に対しては労災をいっさい認めない国もあります。
 いうまでもないことですが、腰痛に対しても予防が大切です。十分な休養と睡眠、症状のないふだんから腰を支える筋肉をほぐし、鍛える運動、重い物を抱え上げるときは十分近くまで踏み込み、腕だけでなくひざを使う。机、椅子、作業台の高さの調整、禁煙などが重要です。ある会社では、工場内の人が運搬する可能性のある物すべての重さをはかり、20kg以上の物は分割して軽くするか、逆にはるかに重くして、1人でがんばっても運ぼうとはしない重さにすることにより、腰痛を予防しました。職業病の予防には、こうした原因自身を改善する取り組みが大切です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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