その他の化学物質による健康障害 家庭の医学

□1・2ジクロロプロパン
 1990年代、大阪の印刷工場のオフセット印刷校正作業をしていた作業者33人のうち17人から胆管がんがみつかり、その原因が規制されていない1・2ジクロロプロパンであることがわかりました。このことをきっかけに全国の印刷工場で調査がおこなわれ、さらに多数の患者がみつかりました。この日本からの報告の結果、国際がん研究機関は1・2ジクロロプロパンをヒトに対する発がん性があきらかな物質のリストに加えました。

□芳香族アミノ、ニトロ化合物
 これらベンゼン環に簡単な窒素化合物が付いた構造の物質は染料や医薬品などに使われていますが、類似のものが多数あり、その一部はその取り扱い工場で膀胱(ぼうこう)がんの多発が知られ、規制されていました。しかし2016年に規制のなかった新たな類似物質により、北陸の工場での膀胱がんの多発が報告されました。

 いま人類は数万の化学物質を取り扱っているといわれますが、法律でその取り扱いが規定されているのはわずか百余りです。これらの物質については管理の仕方や曝露(ばくろ)される労働者の特別の健康診断まで細かく規定されていますが、それ以外は野放しです。しかし法律で規制されていないということは安全ということではありません。実際事業所などでは、規制のある物質と似た作用をもつので危険性が懸念されていても、規制リストにない物質に替えて、管理の手間を省こうとする場合があります。それでは上記のような事件は今後も起こる可能性があります。いま危険性が調べられているものが数百物質あるので、厚生労働省は、さしあたりこれらの物質については、まだ規制がされていなくても事業者に、危険性または有害性の調査(リスクアセスメント)を義務づけるよう大きく方針転換しようとしています。こうした大きな制度改定には時間がかかりますが、安全と健康のためには職場で化学物質を取り扱うときは、規制物質のリストに入っていなくても、いまから「危険な物質である可能性がある」という前提で、吸入や接触がないよう心掛けるとともに、心身に異常を感じたときは、それと業務の関連性を考慮に入れることが重要です。

(執筆・監修:帝京大学 名誉教授〔公衆衛生学〕 矢野 栄二)
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