消化器疾患

■生活上の基本的注意
 消化管はその名のとおり、食物を消化吸収する管で、口に近いほうから順に食道、胃、十二指腸、小腸、大腸とつながっています。また消化器疾患という場合には、消化管のほかに肝臓、胆嚢(たんのう)、膵(すい)臓などの臓器が含まれます。
 消化器の病気のなかでは、がんがもっとも恐ろしい病気であることはご存じのとおりです。胃がん、大腸がんをはじめ、肝臓、胆嚢、膵臓などすべての臓器にがんが発生します。どこのがんの場合でも同じですが、早期発見、早期治療がなんといっても重要です。その意味でも、毎年地域や職場でおこなわれている検診を受けることが非常に大切です。
 ところで、がんにも危険因子と呼ばれるものがあります。危険因子とは、疫学的に調べてがんの発生と関連性がある、と判明した物質(たばこやある特定の食物など)のことです。
 しかし、日常生活においてこれらの危険因子にあまり神経質になるのは考えものです。あれもよくない、これもよくないと毎日毎日考えながら食べるよりは、バランスよくいろいろなものを食べるという心掛けが大切です。しかし、これら危険因子を知っておくことは必要です。

■食道の疾患
 食道は食物が胃に至るまでの細長い通り道です。
 食道に炎症が起こると、胸やけや上腹部痛などの症状を起こしますが、食道炎は胃酸などが食道に逆流するために起こることが多いとされています。また便秘、肥満などはこの逆流を助長するといわれています。刺激の強い食物や熱いまま飲み込むのはできるだけ避け、また寝る前に食べる習慣もやめましょう。
 ベルトなどで腹を締めつけたり、前かがみの姿勢を長くとっているのもよくありません。食道がんは女性より男性に多く、いくつかの危険因子があるといわれていますが、その一つはアルコールです。
 通常、胃がん検診では食道も観察しますから、1年に一度は胃がん検診を受診するようにしましょう。

■潰瘍性疾患
 胃潰瘍、十二指腸潰瘍などの潰瘍性疾患はストレスと密接に関連があるようです。
 しかし、ストレスを少なくするということは簡単なことではありません。職場でも家庭でも現代はストレスだらけです。無用なストレスは可能なかぎり避け、心身の安静を保とうと心掛けることが大切です。
 また、暴飲暴食をせず規則正しい食事をとるようにしたいものです。一度潰瘍と診断されたら主治医の指示に従ってきちんと内服をすることが大切です。
 潰瘍治療薬は有効なものが開発されており、以前にくらべ胃に孔(あな)があいて腹膜炎になるようなことはなくなりましたし、胃潰瘍で胃を切除することもなくなりました。急性期は特に酒、たばこ、コーヒーは厳禁です。香辛料なども控えるべきでしょう。ある程度治ってきたら主治医とよく相談して生活指導を受けましょう。
 最近、十二指腸潰瘍・胃潰瘍の重要な要因の一つにヘリコバクター・ピロリという細菌が関係していることがあきらかになりました。ピロリ菌の除菌が潰瘍の再発を防ぐこともわかり、除菌が健康保険の適応となりました。胃潰瘍・十二指腸潰瘍をくり返す人は、上部消化管内視鏡検査(いわゆる胃カメラ検査)とともに、ピロリ菌の有無を検査してもらい、除菌治療を受けることをすすめます。

■胃がん
 胃がんにもいくつかの危険因子が知られています。米飯の多食、塩分の多い食品(漬物など)の多食、熱いお茶、たばこなどです。特に高齢者は熱い食物をかまずに流し込むように食べるので、食道がん、胃がんが多いとされています。このような食習慣は、やはりあらためるべきです。
 近年胃がんによる死亡が減少してきていますが、これは検診の普及で早期に発見されることが多くなったためです。

□ピロリ菌について
 酸度の強い胃の中には通常の細菌は生息できませんが、ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)という菌はこのような環境の胃の粘膜に好んで生息し、この菌が引き金となって、胃の粘膜に炎症が起こり胃潰瘍・十二指腸潰瘍だけではなく、萎縮性胃炎、そして胃がん、胃MALTリンパ腫などの病気に結びついていくことがわかっています。胃カメラなどの検査でピロリ菌の感染が疑われる場合には除菌も考える必要があります。

□地域や職場の検診
 胃がん検診には、バリウムを飲んでX線検査をする上部消化管造影と、ファイバースコープなどを用いた内視鏡検査があります。内視鏡のほうがつらい検査かもしれませんが、得られる情報量が多いため、胃カメラによる検診が普及しています。勇気を出して受診するようにしましょう。発見が遅れたときの苦痛とくらべれば楽なものです。検診は毎年積極的に受診するようにしましょう。

■大腸がん
 食事の欧米化、肉食の増加によって、わが国でも大腸がんが急速に増加しています。動物性脂肪の多食、ビールの多飲などと関係があるといわれています。将来、胃がんよりも多くなるのではと予想されています。和食のように野菜など繊維の多い食事を多くとると、大腸がんの予防になります。
 大腸がん検診も急速に普及しつつあります。早期発見が治療の第一歩だからです。大腸がんの検診ではまず便の検査がおこなわれます。便に目に見えない血液(潜血といいます)がまじっていないかを調べるのです。潜血反応が陽性の場合は、バリウムを肛門より大腸に注入してX線検査をする注腸検査や大腸内視鏡検査がありますが、最近の大腸内視鏡検査の進歩はめざましく、がんが疑われる場合の第一選択の検査になっています。そのほかに、スキャンしたCT画像を組み合わせて立体的な仮想大腸を構成する大腸CT検査があります。大腸内視鏡検査にくらべ、肛門から内視鏡を挿入するなどの身体的負担が少ないのが特長です。どちらにも一長一短がありますので、担当医師とよく相談してください。
 便潜血が陽性だからといって、もちろん大腸がんと決まったわけではありません。胃潰瘍や痔など消化管に出血する病気で陽性と出るからです。しかし近年、大腸がんが増加傾向にあるため、40歳以上の人は毎年便潜血の検診を受けるようにしましょう。
 大腸がんは大腸ポリープに由来することが多く、一定以上の大きさの大腸ポリープの発見された人は、大腸鏡視下に切除する必要があります。大腸ポリープの発見された人は3年ごとに大腸鏡検査をおこなうことがすすめられます。大腸ポリープのみとめられない人は5年に1回でいいとされています。

■肝臓疾患
 肝臓病のなかではまず急性肝炎が問題になりますが、肝炎にはA型・B型・C型などのウイルス性肝炎のほかに、アルコール性によるものや薬剤によるものなどがあります。
 A型肝炎は飲食物から感染し、めったに慢性化することはありません。B型肝炎は通常、患者の血液、分泌物から感染します。持続感染している人がわが国では約200万人以上いるといわれ、キャリアと呼ばれます。家族内にキャリアがいると判明した場合はカミソリ、歯ブラシを専用にする、トイレ後の手洗いを忘れないなどの一般的な注意が必要ですが、食器を別にしたり風呂に別々に入ったりする必要はありません。
 C型肝炎も血液、体液を介して感染する肝炎で、ウイルス感染によって急性肝炎を起こしますが、急性肝炎の症状がはっきりせずに持続感染者(キャリア)となる場合があります。B型およびC型肝炎キャリアから肝硬変、肝がんへと進行する場合が多く、定期的な検査が必要となります。
 現在ではB型肝炎、C型肝炎に対する抗ウイルス薬も進歩しており、両者とも血中にウイルスが検出されなくなり、C型肝炎は抗ウイルス薬で治すことができるようになりました。抗ウイルス薬によってウイルスが消えることで、肝がんの発生もいちじるしく減少しています。
 慢性肝炎と診断されたら、日常生活において過労にならないようにしましょう。睡眠をよくとり、規則的な食事をするようにします。バランスのよい食事を心掛け、たんぱく質を十分にとるよう留意してください。脂質は特に制限する必要はありません。酒は当然有害であることを忘れないでください。定期的な通院と検査が必要ですが、このいちばんの目的は病気をよく自覚し、日常生活をととのえていくことかもしれません。肝硬変に移行しないための努力が必要なのです。
 肝硬変は日本ではその80%がウイルス性肝炎、特にB型とC型肝炎によるとされています。また、アルコールも肝硬変の原因となりますが、多くの場合C型肝炎を合併しているといわれています。
 肝硬変は、慢性肝炎よりさらに肝機能が低下した状態なので、よりいっそう安静生活を送ることが必要で、食事に関する注意も変わってきます。場合によっては、減塩やたんぱく質制限が必要なこともあります。専門医の指導を受けましょう。
 肝がんの危険因子としてはB型・C型肝炎ウイルス、アルコールなどが知られています。わが国では肝がん患者の約9割が、肝硬変あるいはそれに近い状態の慢性肝炎の状態から発生しています。肝硬変、慢性肝炎と診断されたら定期的に血液検査、超音波(エコー)検査などを受けることが絶対に必要です。

■胆嚢疾患
 食生活の欧米化に伴い、コレステロールを石の成分とする胆石症がふえてきました。中年の肥満女性に多いので、ふとりすぎに注意が必要です。また、超音波(エコー)検査の普及に伴い、症状を自覚したことがないのに胆石が見つかるというケースがふえてきました。無症候胆石と呼ばれています。この場合、定期的に検査をおこなっていくことと、症状を起こさないための配慮が必要です。食べすぎを避け、脂質をとりすぎないように気をつけてください。また、過労や飲酒も腹痛発作への誘因となりますので気をつけます。夜食の習慣もやめましょう。便秘にも注意が必要です。
 この無症候胆石の場合でも、時に手術が必要な場合もあります。医師とよく相談して指示に従ってください。症状を自覚しなくても、胆嚢(たんのう)の壁が厚く変化している場合などがあるのです。
 治療には、腹腔(ふくくう)鏡という内視鏡を用いた胆嚢切除術が急速に普及しました。従来の手術にくらべて小さな傷でおこなえ、しかも手術後の痛みが少ないため早期の退院が可能です。
 以前は絶対に開腹手術が必要とされた胆管結石(胆嚢ではなく、肝臓と腸をつなぐ胆汁の通り道に石ができる)でも、新しい治療法が普及してきました。内視鏡を用いて十二指腸から石を取り除く方法です。これも胆管結石であればすべて可能というわけではありませんから、医師とよく相談して適応を決めてもらいましょう。なお、胆石を長期間保有している人は胆嚢がんが発生しやすいことも知られています。胆嚢がんは予後(病気の経過についての見通し)がよくありませんので、予防的観点から早期に胆嚢を切除することがすすめられます。

■膵臓疾患
 膵(すい)炎には急性膵炎と慢性膵炎がありますが、どちらもアルコールと深い関係があります。胆石症を誘因とする膵炎やその他の原因の場合もありますが、慢性膵炎の5~6割はアルコール性のようです。急性膵炎になってしまったら治癒したあとも禁酒が絶対に必要です。再発、慢性化を防ぐためです。
 膵がんは、頻度こそ胃がんにくらべて少ないのですが、増加傾向にあること、および特有の症状に乏しく症状が出たときには手術がもう不可能であったりして、たいへんやっかいな病気です。たばこ、アルコールを嗜好する人に多いという報告もあります。超音波(エコー)検査が早期診断に比較的有効です。最近ではIPMN(Intraductal Papillary Mucinous Neoplasm:膵管内乳頭粘液性腫瘍)という膵臓にできる嚢胞(のうほう)が直径3cmくらいになると、がんに変化していく病態もあきらかになりました。嚢胞は肝臓や腎臓にたくさんできますが、これらの嚢胞のがん化はまれです。ただ、膵臓にできる嚢胞はがん化します。

(執筆・監修:自治医科大学附属さいたま医療センター 総合医学第1講座 主任教授/循環器内科 教授 藤田 英雄)

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