6月13日に参議院議員会館で開催された超党派女性議員による「クオータ制実現に向けての勉強会」で、大阪医科薬科大学一般・消化器外科の河野恵美子氏は、医療業界、特に外科領域の現状と課題をテーマに講演。「外科医不足は深刻で、将来的に患者が必要な医療を受けられなくなる可能性がある。今後は、女性医師の活躍なくして外科医療は成り立たない」と述べ、超党派女性議員らと熱い議論を展開。外科医療存続のため国主導での対策を要望した。(関連記事「消化器外科に新風、女性医師は茨の道に非ず」)

若手医師が増えず、高齢化

 冒頭で河野氏は、外科医の現状を説明した。厚生労働省の調査結果によると、病院で勤務する外科医師数は2004年の1万8,147人から経時的に下降し、2020年には1万547人まで減少した。

 また、今年(2024年)4月に研修を開始した専攻医のうち、外科領域の登録者数が5人以下だった都道府県は13県(図1-左)。中でも、四国地方は4県全てが5人以下で、佐賀県に至っては登録者が1人もいなかった。登録者10人以下は15県増え、全国で28県にも及んだ(図1-右)。

図1.外科領域における2024年4月研修開始の専攻医登録状況

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 日本消化器外科学会における年齢層別会員数の増減率(2020年の会員数/2011年の会員数)を見ると、60歳以上は156.1%と極めて高いのに対し、60歳未満では全ての年齢層で低かった。

 同氏は「外科医は減る一方で、若手医師は増えず、消化器外科医が高齢化しているといった状況で、近い将来、外科医不足が加速する」と危惧した。

将来、がん手術に数カ月待ち?

 外科医の数は減少しているにもかかわらず、手術件数は増えている。日本で実施される手術の95%を網羅するNational Clinical Database(NCD)によると、小腸と結腸、直腸と肛門、胆囊などの手術が増加傾向にある。

 河野氏によると、高齢化により今後ますますがんなどの手術を要する患者の増加が予想されるという。また、高齢者はさまざまな基礎疾患を有しており、より適切な周術期管理が求められる。

 外科医は、少ない人数で多くの手術をこなさなければならず、過酷な労働環境にある。すると、若手医師は外科を避けるようになる。外科は、こうした負のスパイラルに突入しており、このままだと従来なら1カ月以内に受けられたがんの手術が、数カ月待ちになる可能性がある。同氏は「緊急手術を要する患者の受け入れ施設が減り、患者がたらい回しにされる可能性も生じうる。外科診療の危機的状況を国全体に周知し、国を挙げて対策を講じる必要がある」と訴えた。

手術成績に男女差はないが、組織の代表者数には偏りが

 河野氏らは、幽門側胃切除術、胃全摘術、低位前方切除術において、手術の短期成績に執刀医の性による差はないことを報告している(BMJ 2022: 378: e070568)。

 しかし、日本外科学会外科専門医制度による外科専門医制度修練施設(認定施設)約1,200施設のうち、女性医師が組織の代表を務めるのはわずか12施設にすぎない。手術成績に男女差がないにしては、指導的立場にある医師の男女比はかなり偏っているという。

男女の執刀機会は不均衡

 なぜ女性医師は指導的立場に就けないのか。河野氏は、手術の執刀経験の少なさが一因だと分析する。

 同氏らが、代表的な外科手術6術式について男女別に執刀数を検討したところ、全ての術式において、男性医師に比べ女性医師で執刀数が少なかった(JAMA Surg 2022; 157: e222938)。しかもその傾向は、女性医師における出産や育児のボリュームゾーンとされる30歳代前半以降ではなく、医師1年目から見られたという。

 また、開腹手術から腹腔鏡手術への移行期とされた2013~17年の腹腔鏡手術における執刀割合は、男性医師に比べ女性医師で少なく、最先端の手術を執刀する機会は、男性医師が多かった(BMJ 2022: 378: e070568)。

若手の消化器外科医、4割超が週80時間以上勤務

 では、女性医師が活躍するには何が必要か。

 従来の女性医師支援は、育児や介護のための時短勤務制度や福利厚生面での仕事と家庭の両立支援制度が中心だった。こうした施策は短期的には有効だが、過分になると、本人の意に反してキャリアを諦めなければならない『マミートラック』に陥る危うさを秘めているという。配慮という名の下、手術の執刀や重要な職務から外されてしまうことで、思うようなキャリアが築きにくくなる可能性があるからだ。

 日本消化器外科学会が学会員に実施した勤務時間に関するアンケートでは、週80時間以上勤務している医師が、20歳代では45%、30歳代では42%に上る(図2)。

図2.消化器外科医の勤務時間数

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(図1、2とも河野恵美子氏提供)

 また、日本外科学会が学会員に対して行った育児の主な担い手に関する調査によると、男性医師では「配偶者・パートナー」との回答が96.3%と最多だった。一方、女性医師では76.3%が「自分」と回答。女性医師の配偶者は約半数が常勤医で、男性医師では約66%が専業主婦であるという。

 実際、同学会の会員医師における雇用形態は、子供ありの男性では常勤が93.1%、非常勤が5.8%である一方、子供ありの女性ではそれぞれ71.9%、21.0%と男性に比べ非常勤の割合が多い。

 同氏は「このような労働環境下で、出産や育児が行えないのは自明である」と述べ、労働環境の改善の重要性を指摘した。

 最後に、同氏は「ワークライフバランスを重視する現代において、男性医師も外科を選択しなくなった。こうした状況では、女性医師の力を生かさなければ外科診療は成り立たない。真に優秀な人材を性別問わず登用し、日本を牽引していく、そんな社会をつくるべきではないか」と締めくくった。

「急性期病院の集約化」と「研究費の配分」を要望

 講演に引き続き行われた超党派議員らとの議論では、自民党の野田聖子氏が、出産、育児、看護をしながら、国会議員、国務大臣の職務に従事してきた自身の経験を踏まえ、日本で根強い3歳になるまでは母親が子育てをすべきとする"3歳児神話"について言及。「子供はママに限らず『傍にいてくれる人が良い』のである。育児は男性、女性どちらがやってもよいのだという世界観を多くの人が共有できればと思う」と発言した。

 立憲民主党の辻元清美氏は、「機会の男女格差は医療に限らず他の産業界でも共通。そこで、クオータ制が必要になるのではないか」と述べた。

 議論の中で、河野氏は「急性期病院の集約化」と「研究費の配分」について国会議員に要望。急性期病院については、広島県や青森県などで集約化が進んでいることを挙げ、「特に地方では、急性期病院の集約化が必要ではないか」と訴えた。また、研究費の配分については「"ジェンダード・イノベーション"という言葉もあるように、研究・開発分野に性差分析を積極的に組み込むことで、イノベーションが期待できる。ただし、研究には費用を要する。現在、男女の体格差を考慮した医療器具の研究を進めているが、こうした研究にも科研費を配分してもらえれば、ジェンダー研究の進展が期待できる」との考えを示した。

※人種、民族、宗教、性別などを基準として、格差是正のためにマイノリティに割り当てを行うポジティブ・アクションの一手法

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(比企野綾子)