世界保健機関(WHO)は、主に熱帯・亜熱帯地域の低・中所得国で蔓延しているにもかかわらず、先進国では主要な疾患と捉えられていない21疾患を「顧みられない熱帯病Neglected Tropical Diseases;NTDs)」と定義している。そのうちブルーリ潰瘍、リーシュマニア症、ハンセン病、オンコセルカ症、疥癬および他の外部寄生虫症などは、「皮膚NTDs」に分類される。オランダ・Maastricht UniversityのEwelina J. Barnowska氏らは、皮膚NTDsの診療におけるデジタルヘルスツールの有用性を検討するスコーピングレビューを実施。デジタルヘルスツールは地域レベルでの皮膚NTDsの診療に有用でユーザーの満足度が高い半面、インフラの整備やデータセキュリティー、アドヒアランスなどに課題が残されるとの結果をPLOS Digit Health2024; 3: e0000629)に報告した。(関連記事「日本でも症例増加の感染症、ブルーリ潰瘍とは」)

主な流行地は僻地や医療資源に乏しい地域

 皮膚NTDsはサハラ以南のアフリカ、南アジア、東南アジア、ラテンアメリカ、カリブ海地域の貧困層の人々において最も一般的な感染症である。皮膚NTDsに関連する症状は心理的、身体的、社会的負担が大きく、重篤な身体障害を引き起こす可能性が高いものの、主な流行地である僻地や医療資源が乏しい地域では診断および治療へのアクセスが十分でない。このような環境では皮膚科の専門医、適切な治療を行う医療施設が限られており、解決手段としてWHOが開発したモバイルアプリケーションNLR SkinAppなどのデジタルヘルスツールを活用した遠隔診療が注目されている。

 Barnowska氏らは、皮膚NTDsの診療・管理におけるデジタルヘルスツールのエビデンスを整理し、十分な医療サービスを受けることができない流行地域の疾病負担を軽減するために、開発者や政策立案者に向けた提言をまとめる目的でスコーピングレビューを実施した。

 MEDLINE、PubMed、EMBASE、SCOPUSに2023年7月24日までに収載され、皮膚NTDsの診断支援におけるデジタルヘルスツールの有用性、皮膚NTDsに対するeヘルスなどを用いた遠隔診療の有用性などを検討した論文を検索し369報を抽出。PRISMA-ScRガイドラインなどに基づくスクリーニングの結果、11報を対象とした。

技術様式、機能と役割など4項目を評価

 対象疾患の内訳は、複数の皮膚NTDsが2報、単一の皮膚NTDsが8報、臓器および表皮のリーシュマニア症が1報だった。低中所得国で実施された研究が9報で、国・地域はインドが2報、ボツワナ、フィリピン、コロンビア、モザンビーク、フランス領ギアナ、ブラジル、インド、台湾、コートジボワール、ネパールが各1報。デジタルヘルスツールは11種類が用いられており、①技術様式〔Technical Modality:技術的な特徴、デバイスの種類、同期性、接続性、オペレーションシステム(OS)など〕、②機能と役割、③政策上の考慮事項(プライバシー、セキュリティーなど)、④ユーザーエクスペリエンス(UX:使いやすさ、適用性、実行可能性など)-について評価した。

①技術様式

 携帯電話ベースのツールが8種類で、うちモバイルアプリが6種類(eSkinHealth app、NLR SkinApp、Leishcare app、Guaral/Leishmaniasis app、Teledermatology via Viber mobile app、MyTeleDoc app)、残りの2種類はストア&フォワード方式とリアルタイム方式のハイブリッド型テレ皮膚科診療(Hybrid teledermatology)、ショートメッセージサービス(SMS)を通じて皮膚NTDsの病変画像と簡単な臨床情報を送受信する診断支援ツール(LEARNS)だった。

 特に医療資源が限られた地域では、ネット接続の必要がなく通信料が安価なSMSの使用が有益だった。モザンビークのパイロット研究では、保健従事者におけるスマートフォンの普及率が極めて高いことが示された。コロンビアの研究では、農村部はネット接続環境が限られているため、オフライン機能が有用とされていた。

 OSについては、iOSと比べ広範に用いられており安価なスマートフォンが普及しているAndroidの方が適していると考えられた。また、データセキュリティーに関する法整備が遅れている地域では、アプリの使用に伴う個人情報漏洩リスクが指摘されていた。

②機能と役割

 11種類中6種類がテレ皮膚科診療を促し、地域の保健従事者(非専門医)と遠隔の専門医との間で診断や患者管理を支援するツールだった。別の3種類は患者と医師の間でテレ相談、音声・映像による診療、病変画像の共有などを行うツールだった。

 これらのツールには、モニタリングやフォローアップ、紹介、メンタリング機能が実装されていたが、診断精度に関するエビデンスは不足しており、感度を検討した研究は1報のみだった。

 幾つかのデジタルアプリは、多様な皮膚の色に対応できる調節機能、多言語に対応しているなど包括性への配慮もうかがわれた。

③政策上の考慮事項

 11報中8報がデジタルヘルスツールにおける個人情報やデータ管理に関する懸念点について、ほとんど触れていなかった。インドの研究ではデータの保存期間に関するガイドラインは限定的で、医師の責任に委ねられていると指摘していた。

 セキュリティーに関する報告があった研究として、LEARNSでは保健従事者間のSMSにおいて標準化・匿名化された患者情報を用いることで機密保持が担保されていた。フランス領ギアナのテレ医療コンピュータソフトウエアでは、機密性の高いセキュアネットワークを使用しており、Guaral Appでは強力な暗号化と二重認証が利用され、患者情報の保護が行われていた。eSkinHealth Appでは、二次元コードにより患者情報のセキュリティーを維持し、データは暗号化されたサーバに保存され、24時間体制のバックアップが実施されていた。ただし、全般的にデジタルヘルスツールの導入に際しては、データ管理とセキュリティー面でより強固な配慮が必要と考えられた。

④UX

 8報が半構造化面接、アンケートなどにより収集したUXに関するデータを報告していた。半構造化面接によると、eSkinHealth Appではシステムが「不必要に複雑ではない」と評価され、導入当初は学習が必要と感じたものの、12週目には使いやすくなったと報告された。NLR SkinAppを利用した医療者は、文献など他の情報源と比べて皮膚NTDsに関する情報にアクセスしやすく利便性が高いと評価し、アプリは容易に操作でき内容も分かりやすかったと述べている。

 全般的にデジタルヘルスツールは操作面と利便性において高評価を得ており、特に医療従事者にとって使いやすい診断支援ツールとして機能していた。

 一方、テレコンサルテーションで特徴的な皮膚病変を評価することや、患者との信頼関係を構築することについては、多くの利用者が困難を感じていた。さらに患者の技術的なスキル不足、入力データの誤りなどが効率に悪影響を及ぼしていた。画像のアップロードに時間がかかる、申請フォームが複雑といったアクセス面での問題も報告され、アドヒアランスの低さも指摘された。

 以上を踏まえ、Barnowska氏らは「デジタルヘルスツールは、皮膚NTDsの診断とスクリーニングを改善する可能性が示された。特に、携帯可能なオフライン対応のツールは農村部などの医療資源が限られた流行地において、皮膚科ケアの拡充に資すると考えられる」と結論。その上で、「地域のインフラのレベルに合わせてツールを調整する必要があり、診断精度の評価、セキュリティーの強化、アドヒアランス対策といった課題も見えてきた。多くの国・地域で研究を進め、他地域への転用可能性、特定の医療ニーズに合わせた追加のリソースの必要性などについて検討すべきだ」と付言している。

編集部・関根雄人