「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~

五輪直前~世界の流行状況を確認しよう
~欧州再燃、ワクチン過半完了のモンゴルも急増~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第22回】

 東京五輪開幕まで1カ月を切りました。そんな中、アフリカのウガンダから事前合宿で来日した選手団の2人が新型コロナウイルスに感染しており、それがデルタ型の変異株であることが明らかになりました。これから開幕までに多くの国の選手が来日し、日本各地のホストタウンで合宿を行いますが、そのときに同様な事態が起きることも予想されます。そこで、ホストタウンだけでなく国民の皆さんも、世界全体の流行状況を把握しておく必要があります。今回は、現在の世界の新型コロナウイルス流行状況を解説します。

ウガンダ選手団=6月20日、大阪府泉佐野市

ウガンダ選手団=6月20日、大阪府泉佐野市

 ◇世界的には感染者数が減少

 世界保健機関(WHO)は毎週、世界の新型コロナウイルスの流行状況を報告しています。それによると、2021年6月までの世界の累積感染者数は約1億8000万人、死亡者数は約400万人に達していますが、新規感染者数は5月に入り、世界的に減少傾向が見られています。これは世界各国でワクチン接種が拡大していることが大きな要因と考えられます。とくにヨーロッパ諸国や米国などでは、この要因が大きいでしょう。また、インドでは4月に感染者数が急増し、それがようやく落ち着いてきたため、減少が顕著になっています。

 ◇南半球での再燃

 このように世界的には感染者数が減少していますが、6月に入り、南米のブラジルやアルゼンチン、アフリカ南部の南アフリカやボツワナなどで感染者の増加が見られています。これらの国々は南半球に位置し、冬の季節を迎えているためです。新型コロナウイルスは飛沫(ひまつ)感染するため、寒い季節により感染しやすくなります。これは2020年の秋から冬に北半球でも経験したことです。

 こうした地域の住民の中にはワクチン接種を受けている人もいますが、欧米のように接種率が高いわけではないため、冬の季節に流行が拡大するのです。また、南米では中国製のワクチンが、かなりの割合で使用されていますが、有効率が欧米製に比べ劣るため、ワクチン接種を受けていても感染するケースがあるようです。

 ◇新しい変異株の出現

 季節性の要因以外で新型コロナウイルスの流行を再燃させているのが、変異株の流行です。

 変異株は2020年の秋ごろから世界各地で発生してきました。WHOは懸念すべき変異株を現在、四つ指定しており、それをギリシャ文字でアルファ型(英国由来)、ベータ型(南アフリカ由来)、ガンマ型(ブラジル由来)、デルタ型(インド由来)と名付けています。このうち、アルファ型は世界170カ国に拡大し(2021年6月末現在)、世界の新型コロナウイルスはほぼこの変異株に置き代わっています。日本でも3月から発生した第4波はアルファ型によるものでした。

 ところが、4月からインド由来のデルタ型が世界的な拡大を始めました。この変異株は感染力が強く、今後、短期間でアルファ型から置き代わると予想されています。6月末の時点で85カ国に広がっており、日本でも東京では検出されるウイルスの1割がデルタ型です。

 こうした変異株に対するワクチンの効果はその種類によって違います。日本でも使用されているファイザー社やモデルナ社のmRNAワクチンは、2回接種を完了していればアルファ型にもデルタ型にも効果があるとされています。

 それでは、デルタ型はどんな地域で拡大しているのでしょうか。

 ◇ヨーロッパでの再燃

 ヨーロッパではワクチン接種が広く行われており、英国では接種完了率(mRNAワクチンで2回接種)が4割以上になっています。5月には感染者の発生がほとんどなくなりましたが、6月からデルタ型の発生が起きています。英国はインドとの関係性が強いため、インド由来の変異株が容易に侵入できたようです。そして、ワクチン接種を受けていない人や1回だけ接種した人の間で流行が拡大していきました。現在、英国で検出されるウイルスのほとんどがデルタ型になっています。

 さらに、ヨーロッパではロシアやポルトガルなどでもデルタ型が拡大しており、ワクチン未接種者の間で感染者が増加しています。

 ◇アジア東部、アフリカ東部での新たな流行

 デルタ型の流行は日本などのアジア東部にも及んでいます。東南アジアでは新型コロナウイルスの流行発生以来、感染者数が抑えられていましたが、5月ごろからデルタ型の侵入により患者数が増加傾向にあります。こうした傾向はマレーシア、タイ、フィリピン、インドネシアで見られており、シンガポールでも感染者数こそ少ないものの、デルタ型の検出頻度が高くなっています。

 また、アフリカ東部にあるケニアやウガンダにもデルタ型が侵入し、感染者数が増加しています。今回、日本で確認されたウガンダ選手団の感染者も、こうした状況を反映するものと考えます。

デルタ型報告地域=WHOの2021年6月22日資料より

デルタ型報告地域=WHOの2021年6月22日資料より

 ◇モンゴルでの想定外な流行

 日本の隣国で、最近、急速に感染者数が増えているのがモンゴルです。この国では2020年に新型コロナウイルスがほとんど流行しませんでしたが、2021年3月ごろから感染者数が少しずつ増加し、4月には都市封鎖などの強い措置が取られました。この効果で5月初旬には感染者数が減少し措置が緩和されますが、6月に入り急速に感染者数が増加しています。6月末、WHOはモンゴルを人口当たりの感染者数が最も多い国に分類しました。

 実は、モンゴルではワクチンの接種が積極的に行われており、接種完了率は60%近くに達しています。それにもかかわらず、これだけの流行拡大になったのです。この国で使用されているワクチンはアストラゼネカやファイザーなど欧米製が多く、ワクチンの効果は問題ないようです。その一方で、変異株の調査があまり行われておらず、WHOもモンゴルでのデルタ型の流行状況を把握できていません。

 今回のモンゴルでの流行拡大は、今後の世界の新型コロナウイルス流行を予測する上でも重要な情報になるでしょう。

 以上、世界各地の流行状況を駆け足で解説してきました。五輪選手のホストタウンになっている日本各地の自治体は、招待する国の新型コロナウイルスの流行状況を、その国の日本大使館のホームページなどで確認してください。とくにデルタ型流行国のホストタウンになる場合は、十分な感染予防対策を取るようにしましょう。デルタ型の流行国はWHOのホームページ(PDF)で確認できます。(了)

濱田篤郎 特任教授

濱田篤郎 特任教授


 濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏

 東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。

【関連記事】


「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~