Dr.純子のメディカルサロン

前立腺がんが急増している理由
~検査で疑いが出ても慌てないで~ 三木健太・東京慈恵会医科大学本院泌尿器科診療副部長

 ◇治療中に会話ができる

 海原 もう一つのご専門が凍結治療ですね。
 
 三木 凍結治療を初めて経験したのは、18年前に私が慈恵医大柏病院に赴任した時にさかのぼります。

 当時は小さな腎腫瘍に対し、凍結治療を始めたばかりでした。これは、経皮的に専用の針を腫瘍に穿刺(せんし)して、その針に高圧のアルゴンガスを注入して針先にアイスボールを作り、腫瘍とその周囲を凍結します。

経直腸エコー(超音波)で前立腺を縦断像で見ている画像。中心の上下に何個か連なっている白く細長いものがヨウ素125という放射線を密封しているカプセル

経直腸エコー(超音波)で前立腺を縦断像で見ている画像。中心の上下に何個か連なっている白く細長いものがヨウ素125という放射線を密封しているカプセル

 アイスボールの位置と大きさは、MRIでモニタリングするので、その治療範囲をしっかり確認することができます。

 最も印象的だったのは、治療の際、皮膚の局所麻酔はするものの、全身麻酔は不要で、患者さんはうつ伏せの姿勢ではありましたが、看護師と会話しながらの気楽な治療法でした。今までの自分の常識がひっくり返るような気持ちでした。

 それから随分と時間が経過しましたが、慈恵医大本院(東京・西新橋)で凍結治療の専用機器を導入できるようになり、15年秋から前立腺に対する凍結治療を開始しました。

 ◇日本で唯一

 海原 どのような患者さんが対象となりますか。

 三木 前立腺がん放射線治療をしたにもかかわらず、局所再発を来した症例を対象にしています。

 小線源治療を含め、IMRT(強度変調放射線治療)などの放射線治療や粒子線治療などで前立腺がんを治療した後は、PSAが下降していくことで治療効果を判定しますが、一度下降したPSAが経過観察の中で、再上昇してくる場合があります。

 このようなときに、各種の画像検査で前立腺がんの転移がないことを探すわけですが、転移がなく、局所再発が疑われると、その部位を生検します。

 前立腺がんが証明されれば、その部位に専用の針を刺して、先の腎腫瘍の凍結同様に、アルゴンガスを用いて前立腺内の再発部位だけを凍結するわけです。

 前立腺内に形成されるアイスボールを経直腸超音波でモニタリングします。前立腺の中央には尿道がありますので、凍結で尿道が損傷しないように専用のカテーテルで温水を環流しています。

 直腸にまでアイスボールが到達しそうなときはアルゴンガスの注入をストップします。。

 海原 難しい治療なのですか。

 三木 一般的には、放射線治療後の再発は手術も困難で、2回目の放射線も有害事象の観点から難しいので、結局は全身療法であるホルモン治療が行われることが多いようです。

 しかし、長期的には、さまざまな副作用を引き起こすホルモン治療を、局所だけの小さな再発にすることは避けたいので、再度の局所治療で前立腺がんを根治しようとするわけです。

 この放射線後の再発に対する救済凍結治療は、日本では慈恵医大だけで行っておりますので、全国から問い合わせがあります。

 これまでに12人の患者さんに治療をしましたが、10人は経過良好です。さらに、最近はごく早期の前立腺がんに対する初期治療として、前立腺のがんの部分だけを凍結することも始めました。

 現時点では、どちらも保険診療ではありませんので、患者さんに全額負担していただいています。

 ◇重要な医師のアプローチ

 海原 前立腺がんが見つかったからといって、慌てないことが大事ですね。

 三木 前立腺がんの多くは生命予後にすぐに影響するようなアグレッシブなものではありません。

 また、PSA検査はとても有用ではありますが、利用の仕方いかんで、有用なはずの検査が心配や不安のもとになり、医療収入のための道具にもなってしまいます。

 PSAが高いというだけで、患者さんは心配します。これは当然です。検査で前立腺がんが見つかれば、頭の中は真っ白になっているかもしれません。

 そんなときに、医療者がどのように患者さんや、心配するご家族に接するのか、われわれのアプローチは重要です。仮に前立腺がんの疑いがあっても、慌てる必要はありません。

 ゆっくりと、そもそも検査をすべきかどうかからお話しすべきです。不必要に頻回にPSA検査をすることも避けるべきです。

 海原 先生のお話を聞いて安心する方が多いと思います。

 三木 もちろん、患者さんの年齢も重要です。無症状で期待余命が10年未満であったら、PSA検査さえもいらないと考えます。

 MRIで所見がないときに針生検は必要か。予想される生検の病理結果が監視療法の対象になるようであれば、あえて生検することもないかもしれません。

 そんな患者さんにまで前立腺がんを見つけて、「あなたは前立腺がんだから何か治療をしなくては。ロボット手術はどうですか」「放射線治療もいいですよ」「高齢だから、ホルモン治療しかないですね」などと言うようでは、患者さん中心の配慮のある医療とは言えません。

 海原 本日はお忙しい中、ありがとうございました。

(文 海原純子)


 三木 健太(みき・けんた)

 1964年、横浜市生まれ。東京慈恵会医科大学卒業後、同大付属病院などで研修後、同大泌尿器科学教室に入局。富士市立中央病院、慈恵医大柏病院での勤務を経て現在、慈恵医大本院泌尿器科診療副部長。専門は小径腎腫瘍の凍結治療、前立腺がんの小線源治療、放射線治療後局所再発前立腺がんの凍結治療。


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