前立腺がん発生や治療耐性を「エゴマ成分」が抑制することを発見
名古屋市立大学大学院医学研究科 -治療耐性の原因を抑える新しい小分子RNAの発見に成功-
【要 旨】
前立腺がんは非常に頻度の高いがんで、男性において世界中で2番目、日本では最多のがんです。我が国における前立腺がんの増加には、高齢化や食生活の欧米化が関与しているといわれています。前立腺がんの増殖は、男性ホルモンのアンドロゲンに依存しているため、アンドロゲンを遮断するホルモン療法が非常に効果的です。しかし短い期間で様々な治療に耐性を示し、最終的には骨や肺など他の臓器に転移する悪性度の高いがんへと進行します。これは去勢抵抗性前立腺がん(castration resistant prostate cancer: CRPC)と呼ばれ、一部の化学療法やエンザルタミドを一例とした抗アンドロゲン製剤が一定の効果を示すものの、現時点で特効薬は存在しません。
前立腺がんが薬剤耐性化する主なキーは、アンドロゲンの受容体(androgen receptor: AR)が握っています。最近では、ARのアンドロゲンが結合する部位が欠損した、ARスプライシングバリアント注1)の出現により、アンドロゲン存在の有無に関わらずARが活性化され、治療が効かなくなる可能性が報告されました。ARスプライシングバリアントのうち、AR-V7が最も治療耐性に影響すると指摘されています。
本学の医学研究科実験病態病理学分野の内木綾准教授・高橋智教授らの研究グループは、酸化ストレス注2)が前立腺がんの発生や進行を促進することに着目し、エゴマなどのシソ科の種子に豊富に含まれる抗酸化物質「ルテオリン」の前立腺がんに対する効果について、基礎的な研究を続けてきました。その結果、ルテオリンは、前立腺内の酸化ストレスを抑制しがん発生を抑制すること、AR-V7発現を顕著に減少させ、薬剤耐性をもつCRPCにおいて増殖を抑制し治療耐性も改善することを新しく発見しました。さらに、ルテオリンは新しい小分子RNAの誘導により、AR-V7発現を抑制することを世界で始めて発見しました。
今回の研究で、エゴマなどのシソ科の種子に含まれるフラボノイドである「ルテオリン」が、前立腺がんの予防や治療効果がなくなった悪性度の高いCRPCの治療に役立つことが明らかになりました。さらに前立腺がんの治療耐性に関わる新しい分子機序の一部が解明され、将来的に治療薬の開発につながる可能性があります。
ポイント
・前立腺がんは増加しており、新しい予防方法が求められています。
・前立腺がんの発生や進行は、酸化ストレスによって促進されます。名古屋市立大学実験病態病理学分野では、以前にラット前立腺がんモデルの作製に成功し、酸化ストレスを抑制するとがんが減少することを証明しています。
・前立腺がんは、様々な治療に耐性を示す悪性度が高いがん、CRPCに進行することがありえます。治療耐性には、ARスプライシングバリアント(AR-V7)の出現が関与しているといわれています。
・本研究では、ラット前立腺がんモデルの解析により、「ルテオリン」が前立腺内の酸化ストレスを抑制することで、前立腺がんの発生を防ぐことを証明しました。
・培養細胞、マウスを用いた実験では、「ルテオリン」がAR-V7発現を著しく抑制し、治療耐性を示す前立腺がんCRPCの増殖抑制だけでなく、通常使用される治療薬の効果を改善することが示されました。
・培養細胞で、「ルテオリン」は新規小分子RNA(miR-8080)発現を誘導し、AR-V7の翻訳を直接抑制することを、世界で始めて発見しました。
・今回の研究成果は、「ルテオリン」が前立腺がんの早期予防に効果的であるだけでなく、「ルテオリン」とmiR-8080が、CRPCの新しい治療の開発に役立つ可能性を示す、重要な発見となります。
注1)スプライシングバリアント:RNA前駆体中のイントロンを除去し、エキソンを再結合する反応をスプライシングとよぶ。残るエキソンには多様性があり、多様な成熟mRNAをスプライシングバリアントとよぶ。
注2)酸化ストレス:活性酸素種にはスーパーオキシド(O2-)、過酸化水素(H2O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)が含まれる。これらには、スーパーオキシドに対するスーパーオキシドディスムターゼ(SOD)、過酸化水素に対するカラターゼなどの消去系が存在する。活性酸素産生系が消去系を上回ることを酸化ストレスと呼び,これにより多様な細胞応答が惹起され、様々な疾患の機序に関与している。
(2019/12/09 17:15)