インタビュー

認知症、秋山治彦医師に聞く(下) =治療から予防へ、対策急務

 アルツハイマー病の新薬開発は加速している。世界中の複数の企業が進める臨床研究も最終段階に差し掛かっているという。2050年までに先進国でも約2倍に増えるとされる認知症。根本治療薬はいつごろ臨床現場に届くのか。日本認知症学会理事長の秋山治彦医師(横浜市立脳卒中・神経脊椎センター)に、認知症治療の将来的な見通しや課題について聞いた。


 ―根本治療薬として期待されている新薬開発は臨床試験中とのことですが、一般の人が使えるようになるにはまだ時間がかかりそうですね。2025年に間に合うのでしょうか。
 秋山 アルツハイマー病根本治療薬の開発研究は初めのうち、認知症になった人を対象に治験が行われていました。しかし治験では効果を検証することができませんでした。その間に、脳の病変を臨床検査で調べる画像等のバイオマーカー技術が進歩し、アルツハイマー病では認知症に至った時点で、すでに脳病変がかなり進行していることが分かってきました。現在、アルツハイマー病の根本治療は、発症前あるいはMCIの段階で行う必要があると考えられています。
 ―アルツハイマー病の臨床研究が一気に加速したのはなぜですか。
 秋山 以前の研究では、研究者は各自がそれぞれに調査を行い、データを得て解析し発表していました。一方、2000年代に入って米国で始まった臨床観察研究ADNIでは全米の多くの施設が共同して、調査・研究方法を統一・標準化し多数例のデータを集約、世界中の研究者に公表しています。多くの研究者がそのデータを独自のアイデアに基づいて解析し、すでに何百という数の論文が発表されています。ADNI研究あるいはそれに似た研究は日本、オーストラリア、ヨーロッパでも実施され、現在も新たな検査技術を導入し研究デザインを改良しながら継続されています。統一的なプロトコルで蓄積された研究データを多くの研究者が共有することで、世界的に急務とされているアルツハイマー病の治療薬開発研究が一気に加速しました。
 これまでに行われた治験で得られた経験、ADNI研究の成果などに基づき、今、私たちは、アルツハイマー病を「病気にはなったが、まだ認知症には至っていない」段階で病気の進行を止める、あるいは遅くすることを目指しています。これは「予防」に近い考え方とも言えます。

 
予防医学は3段階あり、1次予防(病気にならない、健康増進)、2次予防(早期発見、病気をこれ以上悪化させない)、3次予防(リハビリ、保健指導による機能回復、社会復帰支援)に分けられます。現在のアルツハイマー病の治験は2次予防の中で組み立てられていて、治療薬の開発は2次予防の実現を目的にしています。
 ―新薬開発はどの程度まで進んでいますか。
 秋山 急ピッチで進められています。世界中でいくつもの会社が、第Ⅱ相(第2ステージ)あるいは最終段階の第Ⅲ相(第3ステージ)の臨床試験を実施しています。ただ、臨床試験をパスしても、発売までには規制当局の評価や審査があり、医薬品として認可されて日常診療で使用されるようになるまでには長い道のりがあります。しかし、少し見方を変えると、現在、進行中の治験が成功すれば、G8の宣言にあるように2025年までに根本治療薬を臨床の現場に届けることができる、私たちはそこまで来ている、と言うこともできます。
 ―コストもかなりかかると思われます。開発されて認可されても、薬の値段が高額になりそうですね。
 秋山 日本で認知症患者にかかる経済的な負担は、慶応大学医学部と厚生労働省研究班の推計によると年間約14兆5000億円と莫大(ばくだい)な金額です。認知症の人が500万人いるとして、1人当たり1年間に300万円弱かかっているということになります。家族の見守りなどの負担をどう評価するかで、この金額はさらに大きくなる可能性があります。
 日本を含め、先進国では2050年までに認知症の人が約2倍になると推定されていますが、そのほかの国々では3倍以上に増加すると見込まれています.その中には社会基盤の脆弱(ぜいじゃく)な国が多く含まれます。世界全体がこれからの認知症の増加に耐えられるかどうか、考えてみる必要がありそうです。良い薬が安価に提供されることは大変重要ですが、コストを理由に治療薬開発を停滞させるわけにはいかない状況にあるのです。
 ―非薬物療法は、どのような治療なのでしょうか。
 秋山 認知症の治療は介護と密接につながっていなくてはいけません。人間関係を含めた生活環境や日々の生活パターンを整え、その人にふさわしい日々の活動を継続できるようにするのが治療の目標です。病気は進行していきますし、身体疾患や外傷、環境変化などで病状は変化します。医師には、その時々の状態に応じたアドバイスをすることが求められます。そのために介護保険制度が整備され、「新オレンジプラン」(認知症施策推進総合戦略の通称)が推進されています。地域包括支援センターをはじめ地域で認知症の人や家族を支える仕組み、リソースも充実してきています。
 認知症の人を介護するには、さまざまな症状に適切な対応を取れるよう、認知症のことをよく知る必要がありますし、介護の負担やストレスを乗り越えてゆく必要もあります。とても大変なことなのです。認知症の医療や介護にたずさわる多職種の人たちが連携して、介護家族への指導やサポートを行ってゆくことが大切です。
 ―認知症の医療体制は社会全体で考えるということですね。今後の課題としては何がありますか。
 秋山 現在、アルツハイマー病の根本治療薬開発は認知症に至る「前」の段階を標的に進められています。ここに一つの困難があります。通常、治験は病気になって医療機関を訪れた方を対象に行われますが、アルツハイマー病の場合は、脳にアミロイドβはたまり始めているけれど認知症にはなっていない、したがって医療機関にもかかっていない人たちに、治験に参加していただくことが必要なのです。そのためには、まず、できるだけ多くの人に認知症への理解を深めていただき、認知症への関わりを強くしていただくことが重要だと考えています。
 2016年6月、日本医療研究開発機構(AMED)が主導して、国立精神・神経医療研究センターを中心に、健常者を対象としたインターネットによる登録システム(レジストリ)「IROOP」をスタートさせました。IROOPでは、記憶力をチェックする簡単な認知機能検査を定期的に実施したり、認知症に関する最新情報を提供したりして、登録した人の認知症予防に役立ててもらいます。また、治験が行われる際のアナウンスなども行う予定です。日本初の大規模な取り組みとして注目されており、目標数を上回るペースで登録が進んでいます。米国にはこのようなレジストリが複数あり、大きいものでは10万人以上の登録があります。
―「IROOP」は特にどんな人に登録を呼び掛けていますか。
 秋山 特に、ということはありません。40歳以上で認知機能が正常な人、健康な人に一度、このIROOPサイトを訪れていただいて、認知症と認知症克服のための研究に関心を持っていただければ、と思います。そのような人たちが多くなれば、日本での臨床研究が加速され、認知症という、人類にとって重大な問題の解決が早まると期待しています。(ソーシャライズ社提供)


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