アレルギー、斎藤医師に聞く(上)=予防への誤解を解く
花粉症、ぜんそく、食物アレルギー、アトピー性皮膚炎―。日本では高度成長期以降、ライフスタイルの急激な変化に伴い、アレルギー症状で悩む人が増えている。身近な病気なのに、発症のメカニズムは複雑で実態の把握は難しい。少しずつ解明されているものの、一般に十分理解されているとは言いがたい。アレルギー患者急増の原因など、これまで分かったことについて、日本アレルギー学会理事長で国立成育医療研究センターの副研究所長、斎藤博久医師に聞いた。
◇陽性者が増加
―アレルギー症状の人は増えているのでしょうか。
斎藤 1970年以前の日本では、ダニアレルギー反応を示す人は全人口の数パーセントでした。国立成育医療研究センターの研究チームが2003年、東京都在住の348人を対象に、ダニとスギのアレルギー反応の世代別調査を実施しました。その結果、50、60代では40%、30、40代では70%、20代では80%近くが陽性反応を示しました。
全体でも50~60%の人がアレルギー体質ですが、高度成長期以降に幼少期を過ごした若い世代の陽性率が特に高い割合でした。
英国の疫学者ストラカンが「乳幼児期の衛生環境によってアレルギー体質になるかどうか決定される」という「衛生仮説」を唱えましたが、発症には清潔過ぎる生活環境が大きく関わっていると考えられています。
◇都会は危険?
―戦後、インフラも整備され、公衆衛生的に快適な環境になったように思えますが、何が問題だったのでしょうか。
斎藤 私たちの体には生まれながら、病原菌やウイルスなど人体に危害を与える物質が体内に侵入したときに、それを識別し排除する防御機能が備わっています。この働きが免疫反応で、初期段階のものが自然免疫です。
例えば家畜が身近にいる環境で育った田舎の子供や、野外で遊ぶ機会が多い子供はこの自然免疫がうまく機能し、異物が体に入ってきたとき、それを排除するたんぱく質(抗体)を作り、異物への耐性を高めていたと考えられます。
けれども、清潔な環境が当たり前のようになり、菌やウイルスに接触する機会が減ると、体に危害を与えない物質に対しても免疫が過剰に反応し、排除する働きがアレルギー症状となって表れるようになったのです。さまざまな物質の発見により、アレルギー発症のメカニズムも少しずつ解明されています。
―細菌やウイルスに感染する機会の多い人が、アレルギーになりにくいということですか。
斎藤 ストラカンが行った大規模調査で、一人っ子や長男よりも、上に兄が2人以上いる子供の方が、アレルギーの発症率が2倍も低いことが分かったのです。つまり細菌やウイルスに接触し、感染する回数が多い子供の方が、アレルギーになりにくいという指摘です。また、家畜などと一緒に過ごす機会がある田舎の子供の方が、都会の子供よりもアレルギーの発生が少ないという調査結果もあります。幼少期に細菌やウイルスを排除した清潔な環境で過ごすと、アレルギーになりやすい傾向にあるということです。
―アレルギーは遺伝ではないのですか。不衛生な環境で過ごした方が良いのですか。
斎藤 アレルギー疾患発症と関連する遺伝子がいくつか発見されていますが、これらの遺伝子を持っていたからといって必ずアレルギーになるわけではありません。衛生仮説に基づいて発症するのは、主に気管支ぜんそくと花粉症です。アトピー性皮膚炎や食物アレルギーなどは、衛生仮説とは関係なく発症します。
乳児期に多く発症するアトピー性皮膚炎は適切な処理を怠ると、ぜんそく、花粉症、食物アレルギーなどさまざまなアレルギーを一気に引き起こす可能性が高まります。症状ができるだけ出ないように、アレルギー体質と上手に付き合いながら生活を送ることが大切です。
◇効果ない食事制限
―アレルギー体質とうまく付き合うには、どうしたらよいでしょうか。いろいろな情報が錯綜(さくそう)していて、何が正しい情報なのか分かりづらいです。
斎藤 例えば妊娠中や授乳中に子供が食物アレルギーになることを恐れ、卵や牛乳などアレルゲン(アレルギー症状を引き起こす原因)となる食品は一切食べず、子供にも食べさせない方がいいと思っている女性がたくさんいます。けれども、近年の研究では特定の食品を避けてもアレルギー発症率は下がらず、かえって上がることが分かってきたのです。
2015年にアレルギーの世界的権威、ロンドン大学のギデオン・ラック教授が生後6~11カ月の赤ちゃんを対象に、アレルゲンのピーナツを食べさせるグループと食べさせないグループに分けた比較実験を実施。4年後のアレルギー発症率を比べたところ、食べていたグループは3.2%、食べなかったグループは17.3%という結果が出ました。
アレルゲンを含む食品を制限するより食べていた方が、アレルギーにかかりにくいと以前から言われていましたが、それが証明されたことで、日本のアレルギー治療のガイドラインも大きく見直されました。残念ながら、この認識は医療従事者の間でも浸透しているとは言えず、いまだに避けた方がいいと指導している保健所もあるようです。(ソーシャライズ社提供)
(2017/04/03 10:55)