インタビュー

治療難しい摂食障害、長引くコロナも影響
~全国規模の相談電話、気軽に利用呼び掛ける~ 河合啓介・国立国際医療研究センター国府台病院心療内科診療科長

 新型コロナウイルス感染症流行の影響で、摂食障害(拒食症、過食症)患者が増加している。国内では、10代、20代を中心に年間約22万人が受診しているが、患者本人が疾患であることを認めず、来院に消極的なケースも多いため、潜在的な患者数はさらに多いとみられる。こうした状況を受け、国立国際医療研究センター国府台病院(千葉県市川市)は全国の摂食障害患者を対象にした「摂食障害全国支援センター『相談ほっとライン』」を今年1月に日本で初めて開設。患者が抱えるさまざまな悩みをくみ取り、早期に受診、治療につなげる取り組みを始めている。

 摂食障害治療の最新事情や課題について、河合啓介心療内科診療科長に聞いた。(聞き手=長橋伸知・編集委員)

ほっとラインで相談を受け付ける女性相談員 (8月9日午後、千葉県市川市)

ほっとラインで相談を受け付ける女性相談員 (8月9日午後、千葉県市川市)

 ──国府台病院は摂食障害患者に関して国内最多の治療実績があります。自身の経験から長引くコロナ禍摂食障害に与える影響をどうみていますか。

 推測ですが、摂食障害は、体形を強調するシルエットの服装(いわゆるボディコン)の流行や、一般の女性がテレビに出演し始めた「女子大生ブーム」などに影響を受けて1980年ごろから増加し、社会問題にもなりました。2000年に入ってからは横ばいでしたが、新型コロナウイルス感染症の影響でここ数年、学生を中心に増えており、摂食障害にとってコロナは今後も大きな懸念材料とみています。私が診ている中では、学校が一斉休校になり、オンライン授業が主流になった頃から増加したように感じます。特に、まだ友人の少ない時期の高校1年生や大学1年生の患者さんが多い印象です。

 ──コロナはどのように摂食障害の発症に関係しているのでしょう。

 思春期の子どもたちは多かれ少なかれ痩せ願望を持っています。それが、部活や友人関係、勉強などの中でうまく分散しているうちは大丈夫なのですが、コロナ禍でそれらのストレス発散場面が減少したときが危険です。ストレスがかかると、人間、何かに依存したくなったり、意識が自分自身に向きがちになったりします。一斉休校や分散登校、オンライン授業などで部活などが休部になったり、友人との交流が減ったり、学校行事も減ったりしていると聞きます。その結果、自分一人でも到達可能な理想実現である「痩せ」という行為に走ると推測しています。実際、私の経験でもそうしたケースから摂食障害に進んでしまった例が少なからずありました。

 ──特徴的だったのは。

 ネット上に多く存在する「痩せを推奨するコンテンツ」にはまってしまうケースです。ユーチューブ(動画投稿サイト)やTikTok(短編動画投稿アプリ)などでは、同年代の痩せた人が楽しそうにダンスを踊る様子や、ダイエットの成功体験であふれていますね。これらに影響を受けた若者が多くいました。

 ──コロナの影響はどういった場面で感じますか。

 例えば、親との関係、容姿に対する自信のなさといった個々の問題だけでは摂食障害の発症には至りませんが、ここにコロナのもたらす不安、ストレスが加わると発症するというか、何かもやもやしたものを疾患にまで押し上げる最後のピースとしてコロナが入ってきたイメージがあります。

国立国際医療研究センター国府台病院

国立国際医療研究センター国府台病院

 ──そうした状況の中、全国規模の「相談ほっとライン」が国内で初めて開設されました。

 摂食障害は治療の第一関門である来院がなかなか難しい精神疾患です。病気の兆候があっても半数が受診していないともいわれます。本人に疾患の意識がない、あるいは専門医が見当たらない場合もあります。治す気持ちが不明瞭なまま、家族の勧めでようやく病院にたどり着いても、治療者とのやりとりがスムーズに進まず、治療中断を招くこともあります。これらの解消のため、敷居の低い電話相談がまず初期対応として有効ではないかと、ご家族や学校関係者、医療福祉専門職なども対象に全国規模の電話相談を始めました。相談の内容は受診先についてや家庭内での対応法などですが、これらの知識や情報を、摂食障害病棟で働いた経験があり、患者の気持ちが分かり、体のことも分かる専門コーディネーター(看護師)から気軽に得ることができるのは大きいと思います。1人につき40分程度、じっくり話を伺うことも珍しくありません。

 ──コロナ禍の中、半年間のデータ収集でどのような課題と展望が見えましたか。

 ほっとラインの約半年間の集計によると、相談者の中で、未受診患者は22%だったのに比べ「受診中」「中断」を合わせると57%に達しました。うつ、依存症など他の疾患で通院中が20%です。私は相談者には未受診者が多いと思っていたのでこれには驚きました。

 重要なのは、早期発見もそうですが、今、病院とつながっていながら治療がうまく進んでいなかったり、以前受診しても何らかの事情で治療が中断していたりする患者さんが予想外に多く、これらへの対応が必要なことに改めて気付かされました。もう一つは、やはり精神症状と身体合併症の両方の治療の必要性を感じました。つまり精神科と身体科の協力です。心療内科医は両方に対応が可能ですが、残念ながら数がそれほど多くありません。

 ──患者だけでなく、家族や学校関係者、福祉領域の人々からの相談にも応じていますね。

 自分を病気と認識できないことも多い摂食障害患者への対策では、学校関係者など家族以外から得る情報も有益です。外来で患者さんが話していることと、家族や先生の話とは異なることがありますが、どちらが正しいというより、正しい治療には両方の情報が必要なのです。

 ──摂食障害の支援拠点病院は現在、国府台病院のある千葉県のほかに、宮城県、静岡県、福岡県の計4カ所にしか設けられていません。

 2014年度に厚生労働省の事業として「摂食障害治療支援センター設置運営事業」が開始されました。われわれは全国を対象としたほっとライン活動に加え、千葉県摂食障害支援拠点病院活動も行っています。4県の摂食障害支援拠点病院で地域の自治体や医療機関と連携を取って活動してきました。しかし、今年7月の段階でこの4施設にとどまっています。拠点病院が広がらないのは大きな課題だと思います。

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