インタビュー

香山リカ・北海道むかわ町国民健康保険穂別診療所副所長~医療の原点で「住民に寄り添う」~ 週末は東京の二地域居住

 北海道むかわ町の国民健康保険穂別診療所に4月、精神科医の香山リカさん(かやま・りか、本名中塚尚子=なかつか・なおこ=62)が常勤医の副所長として着任した。「医療の原点は総合医」との思いに至り、地域医療に携わろうと、ゆかりのない町に飛び込んだ。「住民に寄り添いながら、その人らしい生活を送るサポートをしたい」と日々、診察に当たる。平日は地域医療に専念する一方、週末は東京で暮らす二地域居住を取り入れており、「無理せず地域医療を続けることができる」と話す。(時事通信札幌支社編集部長 上原 栄二)

香山リカさん

香山リカさん

 ◇恐竜化石に導かれ

 札幌生まれの小樽育ち。大学教員の傍ら、執筆や講演など幅広く活動してきた。ただ、インターネット社会の到来で、自身への批判を目にする機会が増え、「きちんと学生に教えられているか」「役に立っているか」と自身の意義を考え始めた。その頃、へき地医療に情熱を傾ける医学部時代の同級生の姿に心打たれた。また、アフガニスタンで医師中村哲さんが死亡する事件が発生。面識はなかったが、「立派な方で、ショックだった。自分も医師として、人のために貢献すべき」と気持ちが高ぶった。

 海外で企画されていた医療ボランティアのツアーに行こうと考えたが、新型コロナウイルスの影響で渡航は白紙になった。その新型コロナへの対応では、医療従事者の必要性を実感。自らを省みて、「医師免許を生かさずにどうする」との思いが募り、中村氏の「一隅を照らす」の言葉が頭をよぎった。医師不足が深刻な地域医療に目を向け、就職先探しをスタート。求人情報のサイトで、むかわ町の穂別診療所を見つけた。

 むかわ町穂別地区は、国内最大級の恐竜化石「カムイサウルス・ジャポニクス」(通称むかわ竜)が発掘された場所。もともと恐竜好きで、東京都内で開催された恐竜展に足を運んだ際、むかわ竜と出会い、その魅力にはまった。「私にとって穂別は特別な名前」。運命に導かれ、穂別診療所の門をたたいた。

 「香山リカでの活動をやめ、地域医療に入る」と腹をくくり本名で応募したが、面接前に「香山リカだとばれていた」という。緊張して臨んだオンライン面接だったが、診療所の所長から「今後も執筆を続けては。土日も完全オフのスタイルが長続きする」と逆提案された。今の生活を断ち切る覚悟もあったが、「逆に気が楽になった」と診療所勤務を即決。週末は東京、平日はむかわ町の二地域居住が4月から始まった。

 診療所では、午前7時半前に入る日もあり、病棟での回診、外来での診療に従事する。週2日の平日は自宅待機し、夜間の急患対応にも当たる。このほか、地域の高齢者施設への回診、地元の学校での健康診断も受け持つ。「やることはたくさんあってハード」と感じるが、「診療所のみんなで協力するためストレスはない」という。

 患者の多くは高齢者だが、逆に「人生経験や生きざまの話を聞くことができる貴重な時間」と捉える。総合医は専門外だが、専門の精神科との共通点も見えてきた。「患者の仕事や年齢などを聞き取り、病気の原因を探るのは、気持ちが落ち込む背景を聞く精神科と同じ」と実感。目指す姿は「患者に敬意を払って話を聞き、一緒に(治療への)最善策を考えること」と語る。

 穂別地区は「都会のようにスターバックスや家電量販店はないけど、それが逆にすがすがしい。東京はせかされる」と話し、勤務後は読書など自分の時間を大切にする。平日夜の時間は原稿執筆に費やすことも多く、オンラインで出版社と打ち合わせをすることもあるといい、「今までの生活とあまり変わらない」。

 とはいえ、近くのコンビニは午後11時で閉店し、大型商業施設もない穂別地区。「最初は不便なのではと恐怖だったが、毎日店に行くわけでもなく、いざとなればインターネット通販もある」と意に介さなくなった。うれしい誤算は、診療所から歩いてすぐの室内プール。勤務終了後、気軽に泳ぐことができる「とてもぜいたくな環境」を満喫している。

北海道むかわ町国民健康保険穂別診療所

北海道むかわ町国民健康保険穂別診療所

 ◇医師偏在の解決へ一石

 ほぼ毎週、土日は東京に戻る生活だ。所長も同様に穂別地区を不在にする。こうした勤務スタイルを可能にしているのは、週末の地域医療を別の医師がカバーする体制が確立されているため。地域の理解も得られており、診療所の医師には完全オフが用意されている。多忙で燃え尽きてしまうことがなく、「週末はリフレッシュでき、無理せずに地域医療を続けることができる」と歓迎する。

 国内では、都市部に医師が集中し、過疎地域の医師不足が深刻な偏在問題が起きている。「地域医療に骨をうずめなくても、勤務を続けられる姿を若い医師に示せたらいい」と考え、二地域居住を実践。穂別診療所での働き方が、医師偏在の解決策の一つになる可能性があるとみている。

 都会暮らしは「チャンスは多いが競争ばかり。時間に追われ、ストレスをためる人がいる」と振り返る。一方、過疎地域で暮らし始めたことで「不便で生活は大変かもしれないが、住民が互いに助け合っている」ことを知り、「人間らしい生活って何だろうと考えさせられた」という。

 医師職として赴任したが、実は、町に貢献したいと熱望するのが恐竜分野だ。「日本一とも言える恐竜化石は穂別の宝物」と絶賛するが、穂別地区にある博物館は小ぶりで、むかわ竜の全身骨格が展示できない現状がある。

 こうした中、町では博物館のリニューアルに向けた検討が始まっている。「博物館の改修では、住民と協力してアイデアを出していきたい。多くの人に見に来てもらうためのお手伝いがしたい」と笑顔を見せ、医療にとどまらない地域への貢献を切望している。(時事通信社「厚生福祉」2022年09月06日号より転載)

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