教えて!けいゆう先生

ささいなけんかが一生の後遺症を生む
内臓の外傷の恐ろしさ 外科医・山本健人

 以前、公園で子どもたちが殴ったり蹴ったりのけんかをしているのを見かけ、思わず仲裁したことがあります。

 子どもたちにとっては日常茶飯事なのかもしれません。しかし、こうした暴力が大けがに発展する事例を見てきた医師の私としては、とても看過できなかったのです。

 実際、学校で生徒同士の喧嘩が大きなけがにつながった事例はよく報道されます。

 特に記憶に残っているのが、2018年に静岡県の中学校で起きた事例です。中学3年の男子生徒が別のクラスの男子生徒にかかとで腹部を踏みつけられ、病院に救急搬送されました。

 被害を受けた生徒の膵臓(すいぞう)は断裂しており、手術で膵臓の3分の1を切除した上、10年以上の通院を要する後遺症が残ったと報道されています。

けんかが原因で内臓が傷つくこともある

けんかが原因で内臓が傷つくこともある

 ◇膵臓は傷つきやすい

 膵臓は、胃の裏にある柔らかい臓器です。事故などでみぞおちを打撲して損傷することがあり、時に手術が必要になります。

 胃や小腸のようにおなかの中で自由に動く臓器と違って、膵臓は背中に固定されているため、外力によって損傷しやすい特徴があるのです。

 膵臓が傷つくと、どんなことが起きるでしょうか?

 膵臓には大きく二つの機能があります。

 一つは、膵液という消化液を分泌し、食べた物を消化する働き。もう一つは、インスリンというホルモンを分泌し、血糖値を下げる働きです。

 膵臓が傷つくと、膵液がおなかの中に漏れ出します。すると、どうなるでしょうか。

 膵液は、糖質やタンパク質、脂質などを分解する力を持ちますが、当然、私たちの体もそれらの成分でできています。従って、おなかの中の組織が膵液によって分解され、ひどい炎症が起きるのです。

 悪化すると、命に関わる大問題です。

 ◇治療は大掛かり

 治療も大掛かりなものになり、1度や2度の手術では済まないこともあります。

 例えば、2015年に7歳の男児がつまずいて転倒し、首から下げていた水筒によって腹部を強打して膵臓が断裂した事例があります。

 この事例では、男児は2週間のうちに3回の開腹手術を受けました。膵臓を半分摘出したと報告されています。

 さらに、手術で一命を取り留めても、大きな後遺症を残すことがあります。

 膵臓を部分的に摘出すると、小さくなった残りの膵臓で、これまでの機能を担わなければなりません。

 インスリンが不足し、血糖値のコントロールが不十分になると、糖尿病に発展することもあります。インスリン製剤の投与が必要になるなど、治療は生涯に渡ります。

 「手術がうまくいったら元通り」というわけではないのです。

 ◇一生を変える

 ここでは膵臓の外傷を例に挙げましたが、膵臓に限らず、内臓の外傷は長年にわたって人の一生を変えてしまうことがあります。

 人の体は、そう頑丈にはできていません。

 大人も子どもも、ささいな暴力が誰かに一生涯の傷を負わせるかもしれない、という事実を重々知っておいてほしいと思います。(了)

 山本 健人(やまもと・たけひと) 医師・医学博士。2010年京都大学医学部卒業。外科専門医、消化器病専門医、消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医、感染症専門医、がん治療認定医など。「外科医けいゆう」のペンネームで医療情報サイト「外科医の視点」を運営し、累計1200万PV超を記録。各地で一般向け講演なども精力的に行っている。著書「すばらしい人体」「すばらしい医学」(ダイヤモンド社)はシリーズ累計23万部。「医者が教える正しい病院のかかり方」(幻冬舎)、「患者の心得」(時事通信)ほか著書多数。


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