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自動脳区域解析AIアプリを用いて、3次元脳MRIからアルツハイマー病、ハキム病、軽度認知障害 (MCI)に特徴的な脳萎縮や圧縮変形を同定 認知症関連疾患の早期発見に期待!

 脳MRI から画像認識(領域分割)人工知能(AI)※1により、アルツハイマー病※2、ハキム病※3、軽度認知障害 (MCI) ※4に特徴的な局所脳の萎縮や圧縮変形を同定するために、50歳以上の健常脳との差異を明らかにした。アルツハイマー病は従来からの報告にあるとおり、海馬と側頭葉の著しい縮小が認められた。一方、MCIは認知症の前段階と言われる状態だが、アルツハイマー病で観察されるような海馬や側頭葉の縮小は認められなかった。ハキム病では、縁上回と呼ばれる頭頂葉の一部が最も縮小しており、脳室とシルビウス裂の拡大による脳の圧縮変形が最も強い部位と考えられた。

ハキム病は、アルツハイマー病を併存しやすいことが知られているが、アルツハイマー病の併存例では海馬や側頭葉の縮小はさほど認めず、ハキム病単独よりも縁上回の著しい縮小が観察された。


Brain Communications (2025年3月26日)

研究成果の概要

 本研究では、高解像度の3テスラMRI装置で3次元MRIを撮影し、人工知能(AI)を活用した自動領域分割アプリケーションを用いて、脳を100領域、脳脊髄液を7領域に瞬時に分割し、各領域の体積と頭蓋内容積に対する体積割合を計測した。アルツハイマー病(256人)、ハキム病(52人)、ハキム病とアルツハイマー病の併存(25人)、MCI(163人)の自動領域分割した頭蓋内容積に占める体積割合を、50歳以上の健常ボランティアの脳(400人)と比較した。アルツハイマー病患者の脳は、健常脳と比較して、海馬、側頭葉、大脳白質の体積割合が有意に縮小していた。ハキム病は、縁上回、中心傍回、三角部、島回が有意に縮小していた。ハキム病+アルツハイマー病は、海馬や側頭葉の縮小は目立たず、縁上回の縮小がハキム病単独よりもさらに顕著であった。MCIは健常者よりも全大脳皮質の体積割合が有意に縮小していたが、局所的な萎縮は認められなかった。


【背景】

 3次元(3D)画像解析システムSYNAPSE VINCENT(富士フイルム株式会社)の「脳区域解析」AIアプリを使って、3D MRIから脳と脳脊髄液を自動領域分割して、健常者の加齢性変化の特徴と、その影響による脳脊髄液(CSF)の増加、さらにCSF増加によりクモ膜下腔と脳室がどのような加齢性変化をきたすかについて調査し、研究成果を2023年4月にEuropean Radiologyに公表した。当時は、脳を21領域、CSFを5領域に自動分割するAIであったが、2024年にバージョンアップし、脳を100領域、CSFを7領域に自動分割できるようになった。

 「脳区域解析」アプリは、2020年より医療機器の認証を得て、病院や脳ドックなどで使われ始めている。

 アルツハイマー病は最も頻度の高い進行性認知症であり、発症の前段階であるMCIのうちに発見し、予防的な介入治療や、発症後もできるだけ早期に診断を受けて進行を遅らせる治療を享受することができる。一方、ハキム病は、アルツハイマー病ほど頻度は高くないが、認知機能障害に加えて、歩行障害、尿失禁の症状が次第に増悪する病気である。CSFの排出障害が原因の水頭症であり、腹膜など頭蓋外でCSFを吸収してもらうための管を埋め込むシャント手術が行われ、早期であれば、症状の改善が十分に期待できる病気である。しかし、症状を年齢のせいと判断して病院を受診しない患者が多く、また脳を専門とする医師にも十分には知られておらず、現在も見逃されやすい病気である。

 いずれも、早期発見が重要な脳の病気だが、脳ドックなどでMRIを受けても、加齢性脳萎縮との区別がつきにくいことが課題であった。そこで、SYNAPSE VINCENTの「脳区域解析」AIアプリを用いて、3D MRIから、『加齢性脳萎縮』であるのか『アルツハイマー病・MCI・ハキム病』などの認知症の可能性があるのかを定量的・客観的に判定できるようにしたいと考えた。


【研究の成果】

 「脳区域解析」AIアプリを用いて、アルツハイマー病患者256人、MCI患者163人、ハキム病患者77人(うち25人はアルツハイマー病を合併)、20代から90代までの健常ボランティア474名(うち、50歳以上の健常者400名)の合計970人の3D T1強調MRI画像を解析した。

 大脳皮質灰白質、皮質下灰白質、大脳白質の容積比は全年齢層で健康者が最も大きく、アルツハイマー病患者が最も小さく、MCI、ハキム病、アルツハイマー病併発ハキム病の患者がその中間くらいの体積割合であった。

 特に、60歳以下ではMCI患者の大脳皮質灰白質の平均容積比が同年代の健康者よりも有意に小さかったが、70歳以上ではMCI患者と健康者は同程度であった。

 アルツハイマー病患者は、海馬および側頭葉の容積比が同年代健常者と比較して有意に低下しており、特に嗅内皮質、紡錘状回、下側頭回の容積比が全年齢層で他の疾患よりも顕著に小さかった。

 ハキム病患者およびアルツハイマー病併発ハキム病患者では、頭頂葉の縁上回、前頭葉の傍中心回および三角部、側頭葉の島回の容積比が他の疾患よりも有意に小さかった。

 MRIによる『脳萎縮』の判定には被検者の年齢が重要であり、今後は海馬に限らず、AIによって脳を細かく自動領域分割して、脳局所の萎縮や圧縮変形などを定量的に判定する時代が訪れるだろう。

 本研究は、名古屋市立大学、滋賀医科大学、東北大学、山形大学、東京大学、大阪大学、東京科学大学、洛和会音羽病院、富士フイルム株式会社の共同研究による成果である。本研究グループは、ヒトの脳血液循環と脳脊髄液の動きをコンピューター上で再現して、ヒトの脳の自然老化現象をシミュレーションし、ハキム病、アルツハイマー病などの認知症脳卒中などの脳環境代謝に関連する病態を解明すること(脳循環代謝数理モデルの確立)を目指す医工連携、産学連携の共同研究である。

 本研究成果は、オックスフォード大学出版が発刊する雑誌Brain Communicationsに2025年3月26日掲載された。


【研究のポイント】

・AIを用いて、3D T1強調MRIから脳を100領域、CSFを7領域に自動分割。

アルツハイマー病は、海馬と側頭葉の萎縮が目立ち、診断に有用。

・MCIは、60歳以下では大脳皮質灰白質の全般的な萎縮を認めたが、70歳以上では同年代の健常者と変わらない。

・ハキム病は、脳室拡大とくも膜下腔の不均衡分布(DESH)※5の影響で、頭頂葉の縁上回、前頭葉の三角部および傍中心回、側頭葉の島皮質が最も圧縮されやすい。


【研究の意義と今後の展開や社会的意義など】

 MRIによる『脳萎縮』の判定には被検者の年齢が重要であり、今後は海馬に限らず、AIによって脳を細かく自動領域分割して、脳局所の萎縮や圧縮変形などを定量的に判定する時代が訪れるだろう。

 健常な加齢性脳萎縮とは異なるアルツハイマー病を示唆する病的脳萎縮やハキム病に特徴的な脳室拡大・DESHとそれによる局所脳の圧縮変形の程度を定量的に評価することができ、早期診断、治療介入後の変化だけでなく、発症予測や治療効果予測にも有用と考えている。


【用語解説】

※1 人工知能(AI):Artificial Intelligenceの略。写真の自動背景処理や車の自動運転の技術などと同じ領域分割(Segmentation)に関連するニューラル・ネットワークを利用した深層学習法。

※2 アルツハイマー病:脳内に神経細胞を壊すアミロイドβやタウタンパクなどの毒性のある蛋白質が蓄積し、記憶や思考などの機能が低下し、会話や行動などの日常生活に支障を来していく進行性の病気。現時点では早期発見して、進行を遅らせる投薬治療が行われる。

※3 ハキム病:特発性正常圧水頭症(idiopathic Normal Pressure Hydrocephalus: iNPH)と呼ばれてきた病気と同じ意味。歩行障害、認知障害、切迫性尿失禁をもたらす疾患で、くも膜下出血髄膜炎などに続発する二次性正常圧水頭症と異なり、先行する原因疾患はなく、緩徐に発症して徐々に進行する。早期発見して、症状を改善させる脳脊髄液シャント手術が行われる。

※4 軽度認知障害 (MCI):Mild Cognitive Impairmentの略。やったことや話したことを忘れてしまうなど記憶障害がみられるが、まだ認知症には相当しない、認知症の前段階。放置するとアルツハイマー病などの認知症に進行する可能性が高いが、生活習慣の改善などによって症状の改善が期待できる状態。最近は、神経毒性のあるアミロイドβを脳内から除去する薬で、アルツハイマー病の発症を抑制する治療が行われることがある。

※5 くも膜下腔の不均衡分布(DESH):Disproportionately Enlarged Subarachnoid-space Hydrocephalusの略。シルビウス裂・脳底槽が拡大し、高位円蓋部・正中の脳溝が狭いことと、脳室拡大を同時に示す画像所見。


【研究助成】

・文部科学省 スーパーコンピュータ「富岳」成果創出加速プログラム(次世代超高速電子計算機シ

ステム利用の成果促進)「「富岳」で実現するヒト脳循環デジタルツイン」(JPMXP1020230118)

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (A) [研究課題名:脳卒中リスク予測のための全身―脳循環代謝の解析システム構築] (22H00190)

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:脳循環代謝シミュレーションモデルによる正常圧水頭症の病態解明] (24K02557)

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (B) [研究課題名:MRIを用いた脳脊髄液・間質液の動態解析] (22H03020)

・日本学術振興会 科学研究費助成事業 基盤研究 (C) [研究課題名:脳脊髄液の新規流体解析を用いた正常圧水頭症の病態解明] (21K09098)

・富士フイルム株式会社 [研究課題名:3次元画像解析システムを用いた脳・脳脊髄液・脳血流の動態解析・シミュレーション] 

・公立大学法人名古屋市立大学令和6年度 研究成果顕彰(研究力強化)

・名古屋市立大学卓越研究グループ支援事業 (2401101)


【論文タイトル】

Regional Brain Volume Changes in Hakim’s Disease vs. Alzheimer’s and Mild Cognitive Impairment


【著者】山田 茂樹1, 2)*、湯澤 拓矢3)、伊藤 広貴3)、伊関 千書4,5)、近藤 敏行5)、山中 智康1)、

谷川 元紀1)、大谷 智仁6)、伊井 仁志7)、太田 康之5) 、渡邉 嘉之8) 、和田 成生6)、

大島 まり2)、間瀬 光人1)

 所属

1;名古屋市立大学 脳神経外科学講座

2;東京大学大学院 情報学環 生産技術研究所

3;富士フイルム株式会社

4;東北大学大学院 高次機能障害学

5;山形大学 医学部 内科学第三講座 神経学分野

6;大阪大学大学院基礎工学研究科 機能創成専攻生体工学領域、生体機械学講座

7;東京科学大学工学院 機械系

8;滋賀医科大学 放射線医学講座

(*Corresponding author)


【掲載学術誌】

学術誌名:Brain Communications

DOI番号:10.1093/braincomms/fcaf122


【研究に関する問い合わせ】

名古屋市立大学 大学院医学研究科 脳神経外科学 講師 山田 茂樹

住所:〒467-0001 愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町川澄1

論文リンク:https://academic.oup.com/braincomms/advance-article-abstract/doi/10.1093/braincomms/fcaf122/8093450?utm_source=advanceaccess&utm_campaign=braincomms&utm_medium=email


【報道に関するお問い合わせ】

名古屋市立大学 病院管理部経営課

愛知県名古屋市瑞穂区瑞穂町字川澄1

TEL:052-858-7116  FAX:052-858-7537

E-mail:hpkouhou@sec.nagoya-cu.ac.jp


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