Dr.純子のメディカルサロン

肺がんと闘う 患者NPO代表 長谷川一男さん

 今年(2017年)10月、横浜で日本肺癌(がん)学会と世界肺癌学会が同時開催されました。肺がんは私の専門ではありませんが、がんのサバイバーの方やご家族の相談を受けることが多く、また15年の世界肺癌学会でがん患者さんの治療選択に関する調査研究を発表したことから、今年の学会ではサバイバーの方を対象にしたプログラムでお話をする機会がありました。

 そのプログラムの司会や調査発表などで精力的に発言されていた長谷川一男さんはご自身がサバイバーです。今回は、サバイバーとして体験しなければ分からない、さまざまなことについて率直なご意見を伺いました。

(聞き手・文 海原純子)


 海原 15年に長谷川さんが肺がんと診断された時はステージ4。病気への取り組み方について複数の医師から異なる意見を聞かされたそうですね。どの意見を採り入れるかは、その患者さんの生き方を表すようにも思えます。

 長谷川 「治療しないと3カ月。治療すると10カ月」という告知時のメモ書きが残っています。主治医とセカンドオピニオンで計3人の医師に意見を聞きました。病名や予後などに関して3人の意見は同じでしたが、病気に向き合う姿勢の説明は異なりました。

 主治医ともう一人の医師は「残念ながら治らない。一日一日を大切に生きてください。この病気はそういう病気です」と言いました。もう目に涙を浮かべながら言ってくれるんです。

 ところが、3人目の医師は全く異なることを言うんです。会った瞬間から態度が違いました。診察室に入ると、まず私を頭から足の先まで見回すんです。そして、「子どもはいるの」と聞きました。私は当時39歳です。「小学生と幼稚園の子どもがいる」と答えました。妻はその言葉を聞いて、泣きだしました。そのあと、医師はこう続けました。「人には役目がある。あなたは子供を育てるという役目があります。それをしなければならない。治りはしないが、ほんのわずかな可能性がないわけではない。戦いなさい。戦え」

 そして、今やっている抗がん剤治療が効いた場合、状況によっては、放射線治療が可能になるかもしれない、と言われました。気持ちだけではなくて、具体的な戦い方を教えてくれたわけです。私は目からウロコが落ちた気がしました。「可能性はゼロじゃない。戦っていい」と言われたのです。私は流れに任すという感じから、情報を仕入れ、戦う姿勢に変わりました。

 「人は生きてきたように治療する」というがん患者によく知られた言葉があります。他の人が同じ言葉をかけられてもその後どうするかは自由です。そう、どう治療するか、どう生きるかは自由なんですよね。「生き方」というと格好よく聞こえますが、選択が自由というのは、けっこう、きついものだという感想も持っています。



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