危険な「社会的時差ぼけ」
日常生活に支障、専門医が提唱
これまで夜更かしをしていたので、なかなか早起きができない。週末に寝だめをしているが、どうも生活リズムが乱れてきた―。多少の眠気や疲労感などを感じても、日常生活にすぐに支障は出ない。しかし、このような状態が続くと、十分な睡眠が取れずに仕事中に強い眠気に襲われたり、休日に睡眠不足を補おうと長寝をしてさらに生活リズムを崩したりする。
国立精神・神経医療研究センター(東京都小平市)精神保健研究所の三島和夫睡眠・覚醒障害研究部部長は海外旅行の後に生じる「時差ぼけ」(ジェットラグ)に似たこんな状態を「社会的ジェットラグ」と呼び、「慢性化すると、『体内時計』の乱れによる睡眠障害=用語説明=だけでなく、糖尿病などの生活習慣病や抑うつ病の発病率を引き上げる恐れもある」と警鐘を鳴らしている。
◇個人差大きい体内時計
人間には毎日一定のリズムで起床や就寝をつかさどる体内時計と呼ばれる脳の機能があり、就寝と起床のタイミングや睡眠時間をコントロールしている。三島部長は「この体内時計は、個人差が大きい」と言う。例えば、日ごろの起床時間は人によって異なる。最も極端な「早寝型」と「遅寝型」の間には約6時間のずれがあり、それぞれ人口の10%近くを占めると推定されている。
このずれの中で、頑張って早起きを続けている人の場合、心身両面での負担が蓄積されることも少なくない。特に、体内時計の起床・就寝時間が後ろにずれている「夜型」の人は、職場や学校の始業・終業時間のリズムに体がついていけずに少しずつ負担が重なり、やがて体調を崩してしまう恐れもある。
三島部長は「一日、一日の負担は大きくないので、ついつい『我慢できるから』と放置している人もいる。短期間ならよいが、年単位で無理を続けていると問題が表面化する」と指摘する。
このような人が最初に陥るのが、休日の寝だめだ。日頃の睡眠不足を解消するため昼近くまで寝てしまうため、体内時計が乱れてしまう。日曜の夜に明日の仕事に備えて、早めに床に就いてもなかなか眠りに入れないまま翌朝を迎え、寝不足になる。こうなると、平日の眠気が週を重ねるたびに厳しくなり、休日になるとさらに寝だめをし、平日と休日の睡眠リズムの差異が大きくなり、夜型の傾向が強くなっていく。
◇ずれを自己チェック
「この状態を放置したままだと睡眠リズムが完全に昼夜で逆転してしまうこともある。結果として、日常生活に大きな支障が生じ、睡眠障害として治療が必要になる」。こうならないためにも、三島部長は自分の体内時計のタイプと日常生活のリズムとのずれの有無やその程度を大まかにでも把握することを勧める。
方法は難しくない。休日の前の晩にいつも通りの時間に就寝し、朝は寝られるだけ寝てみる。一度、目が覚めても眠気が残っている場合は二度寝、三度寝をする。寝られるだけ寝た睡眠時間が平日の平均睡眠時間よりも3時間以上長い場合は、注意が必要なレベルだ。放置していると、昼間に強い眠気に襲われたり、注意散漫になったり、就寝時間の乱れにつながったりする。国立精神・神経医療研究センターが作成した睡眠医療プラットフォームの中に「簡易睡眠診断」というコーナーがあるので、自分の朝型夜型傾向を知ることもできる。症状が強く睡眠障害の疑いがある場合には「睡眠障害セルフチェック」も試してみるとよいだろう。
該当する項目があっても、慌てる必要はない。まず平日・休日を問わずに就寝時間や起床時間をできるだけ規則正しくし、起床後には積極的に日光を浴びて体内時計の乱れを補正する。逆に夕方以降の光は夜型を強めるため、家庭照明も含めてできるだけ明るい光を避ける。就寝前には、パソコンやスマートフォンなどに触らない「リラックスタイム」を設けるなど、日常行動の中でできることも少なくない。
◇「スーパーフレックス勤務」も検討を
「このような努力をしても効果がない場合は、無理をせずに専門の医療機関を受診することを検討してもらいたい」と同部長は話す。不眠症の背後には抑うつ病や睡眠時無呼吸症候群(SAS)など他の重大な病気が隠れている可能性がある。これらの疾患が無くても、肥満やうつ病を発病する可能性の増大など心身両面の負荷が生じる悪影響は軽視できない。
どのような医療機関を受診すべきなのか。大都市などには睡眠障害を専門に取り扱うクリニックも登場しているが、まだまだ一般的ではない。基本的に睡眠障害に詳しい医者は精神科領域に多いが、最初から「精神科」を標榜(ひょうぼう)している医療機関に足を運ぶには抵抗を感じる人も多いだろう。専門医の診察を受けたい人は、上記の睡眠医療プラットフォームの「睡眠医療機関マップ」に日本睡眠学会が認定した専門医や施設のリストがあるので参考になるだろう。三島部長は「鑑別診断やその後の治療計画を立てるには一定の専門知識と経験が求められるので、少し遠くて不便でもリストに掲載されている認定医の診察を受けてほしい」と言う。
体内時計で適切な起床時間と、実際に要求されている起床時間のずれが3時間前後であれば、生活習慣を意識的に規則的にすることなどで、ある程度まで補正できる。しかし、限度もある。この点、三島部長は「体内時計のずれは生まれながらの体質の問題で、個人の努力や医療的な支援だけで乗り切れない事例もある。現在のように24時間体制で社会が動いているのだから、午後に出勤して夜遅くまで働くというような『スーパーフレックス勤務』とでも呼ぶべき勤務形態の導入も、社会としては考えてほしい」と強調する。(了)
用語説明「睡眠障害」 睡眠の質や量に何らかの問題が生じ、夜間の不眠症状や日中の機能障害が生じる疾患。80種類ほどあり、睡眠リズムが崩れる概日リズム睡眠・覚醒障害もその一つ。社会的時差ぼけは概日リズム睡眠・覚醒障害の軽症型とも言えるが、それゆえに対策を打たず長期化しやすい。不眠症状には眠りになかなか入れない「入眠障害」、睡眠中に何度も目を覚ましてしまう「中途覚醒」、起床時間前に目が覚めてしまう「早朝覚醒」などがある。日中の機能障害には強い眠気や倦怠(けんたい)感、集中力低下などさまざまな症状がある。
(2018/05/13 16:36)