一流に学ぶ 「女性外来」の先駆者―対馬ルリ子氏

(第6回)
医師7年目の緊急事態
2週間泊まり込み、チーム全員で対応

 対馬ルリ子氏が医師になって7年目の1991年、胎盤早期剥離による大出血で危険な状態の女性が、他病院から東大病院に搬送された。胎盤早期剥離とは、おなかに赤ちゃんがいる状態で、子宮壁から胎盤が剥がれてしまうこと。最悪の場合、妊婦、胎児とも死亡する危険性のある超緊急事態である。

 搬送前の病院で緊急帝王切開をして子どもは助かったが、母親の子宮からの出血が止まらず、出血多量から肺水腫の状態になっていた。「その頃、東大病院ではまだ救急救命センターが稼働しておらず、看護師さんたちも、ここまで重症の人には手が回らないというので、私たち産科チームで何もかもしなければいけない状況でした」

 対馬氏は国立病院でがんの難しい手術も数多く経験し、東大病院に戻ったばかり。すでに中堅の重要なポストに就き、研修医の指導も行っていた。女性は生まれたばかりの子も含め2人の母親。自分と同年代の患者を前に「子どもを残して死なせては、絶対にダメだ」との思いを強くした。

 その後、チーム全員が2週間、家に帰らず病院に泊まり込む日が続く。一般病棟の患者の手術、出産、治療、それに外来診療も継続しながら、この重症の患者の救命を同時進行で行った。

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