一流の流儀 「海に挑むヨットマン 」 白石康次郎 海洋冒険家
(第2回)ヨットを襲う高波
マストの高さはビル9階
「南半球1周2万6千マイル(約4万8千キロ)を風だけを頼りに走破しなければなりません。競技時間としては、トップの艇でも約80日間2000時間かかります。使用する外洋レース艇は、通常10人以上のクルー(乗組員)が乗る全長60フィート(約18.28メートル)、マストの高さは29メートルで、9階のビルに相当します」
三浦半島(神奈川県)の三崎に係留している「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」のマストの先端を見上げた。そこによじ登り、海上の揺れる中で作業することを想像しただけで、頭がくらくらする。
「ヨットは、風の方向と強さに合わせて、最適な帆(セール)に張り替えていきます。張り替えるセールを全部で9種類持っていきました。風を受けながら重さ130キロの帆を張っていくのは、かなりの重労働。夜中に何回も張り替えなければならない時には、さすがにへとへとになります」
メインセールの大きさは約230平方メートル、土地に換算すると約70坪で、重さは200キロを超える。
「スピリット・オブ・ユーコーⅣ」の船室はいたってシンプル。トイレもなければ、ベッドもない、空いている空間でごろ寝するのだろうか。白石さんは「トイレはバケツですよ」と笑う。海水で溶ける特殊なビニール袋を使用して、使用後は海に投げ捨てる。「これが普通にできないようでは、世界一周などとても無理ですね。レースの間、睡眠時間は一日平均1時間です。食料の補給もできませんし、食料を多く積むくらいなら、積まずに船を軽くして、速く走りたい。だから、1回のレースで7~8キロは痩せます」
風を読むことも重要だ。急激な天候の変化もよくあるので、進む先の風が向かい風なのか、追い風なのか、船室のコンピューターを使いながら予測し、どの進路を取るのがベストかを決める。「単独レースでは、これらの作業をすべて一人でやるので、平均睡眠時間が1時間だというのも分かってくれるはず。休む暇がないのです」
特に外洋は厳しい。事故が多いのは南極の周りだという。「10メートルを超える波に襲われます。クジラに激突されたり、氷山が波に隠れて見えなかったりすることも怖い。ホーン岬は『船乗りの墓場』。高さ20mの波も珍しくない。ここで多くの人が亡くなっています。風は最も重要で、最も厄介。強過ぎても駄目だし、逆に風がないとお手上げになる。そういう時こそ、笑顔で待つことが大事です」
なぜ、こんな危険を冒してまでレースに懸けるのか。大海原には、冒険者にしか見えない何かがあるに違いない。(ジャーナリスト/横井弘海)
(2018/10/23 06:30)