女性アスリート健康支援委員会 五輪の扉開いた心技体の成長

己と向き合い27歳で五輪へ
練習の質追求、心身コントロール―福見友子さん


 ◇大逆転でつかんだ五輪代表

 トップアスリートは総じて、自分自身に対して厳しい。だからこそ、時には「自分を許す」ことが必要かもしれない。福見さんは「次へのエネルギー」につながる休息も入れて心身をコントロールしながら、試合に合わせて体重を調整し、勝負に臨んだ。

 2010年の柔道世界選手権東京大会決勝で浅見八瑠奈選手(右)と戦う福見友子さん。今は互いに「先生」と呼び合う間柄だ
 「ロンドン五輪までの4年間は、体重もほぼ変動なく、日ごろから48キロプラス3キロほどをキープしていました。食生活は高たんぱく・低脂質のものが中心。試合前の1カ月間くらいで練習と食事の調整をしていました」

 4年の間に、技にも磨きをかけた。筑波大大学院の修士論文のテーマは、大学の卒業論文に続いて、得意技の背負い投げの分析。大学院修了後は了徳寺学園職員として柔道を続け、ライバルに後れを取っても、最後までオリンピック出場の可能性を信じ、稽古の日々を送った。

 12年ロンドン五輪の最終選考を兼ねた4月の全日本選抜体重別選手権。思いもよらず、浅見選手は1回戦で敗退した。福見さんは順当に決勝まで進み、浅見選手を破った相手に、旗判定で勝利を収めた。勝利者インタビューでは「オリンピックで金メダルを取ってきます」と力強くアピールし、大逆転で代表の座をつかんだ。

 「正直、宿命のようなものを感じさせられて。代表決定の時には『もう一息頑張れということなんだな』と思わされました」

 ◇「精一杯だけでは勝てない」

 北京では谷選手が背負った日の丸を、自らが背負っての大舞台。7歳の時にバルセロナ五輪を見たことをきっかけに8歳で柔道を始め、16歳で谷選手を初めて破った少女は、27歳になっていた。

 ロンドン五輪の女子48キロ級準決勝でアリーナ・ドゥミトル選手(右、ルーマニア)に攻められる福見友子さん=2012年7月(時事)
 宣言通り、金メダルを見据えて戦った。だが、順当に勝ち進んだ準決勝で、北京五輪金メダルのアリナ・ドゥミトル選手(ルーマニア)に敗れた。「ある意味で、全日本選抜体重別選手権がピークになってしまった。精いっぱいやったが、精いっぱいやっただけでは勝てない。それが五輪だと痛感しました」

 翌年、現役を引退した。15年からはJR東日本の柔道部のヘッドコーチとなり、指導者として後輩の選手たちに向き合う。16年には、全日本女子代表のコーチにも就任した。

 貴重なオリンピックの経験も踏まえ、福見さんは改めて説く。「世界を目指す選手であればあるほど、ジュニアの頃から指導者や保護者と相談して自分に合った階級を選び、しっかりトレーニングを積んで試合に臨むことが大事。食事とトレーニングとのバランスを自分自身も納得した上で、うまく取れようになると、本当に強くなれると思います」(了)


◇福見友子さんプロフィルなど

◇「女王」破る16歳の快挙が重圧に  無月経も経験、「減量には知識必要」―福見友子さん(五輪の扉開いた心技体の成長・上)

◇子育てと両立、コーチとして東京五輪へ  「日本代表に最高の成果を」(五輪の扉開いた心技体の成長・下)





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