「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

心のケアを助けるAI
~認知行動療法への活用~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第9回】

 認知行動療法(CBT)とは、患者固有の「認知のゆがみ」に働きかける精神療法(心理療法)の一種で、何らかのイベントに対してとっさに浮かぶ考えやイメージである「自動思考」が、いかに現実と食い違っているかを検証し、思考のバランスを取ろうとするものだ。CBTの臨床的有効性は多数の科学研究で実証されており、特にうつ病やパニック障害、強迫性障害統合失調症などの精神科疾患において高いエビデンスを有する。CBTは薬物療法と同程度、時にはこれを上回る成果を示すこともあり、日常臨床において用いられる有効な治療法となっている。

 近年、このCBTが慢性疼痛にも一定の効果を示すことが指摘され、主観的な経験である「疼痛」をコントロールするための手段としても注目を集めるなど、適用領域の拡大を見ている。今回は、このCBTにAIが活用されている事例に着目し、心理療法でAIが果たそうとする役割を見ていきたい。

イメージ写真=AFP時事

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 ◇「CBTの効果的な実施」をサポートするAI

 最初に取り上げるのはCBT自体にAIを統合する種のものではなく、CBTを行うセラピストを支援することで、その品質と効果を向上させようとするものだ。オープンアクセスジャーナルであるPLOS ONEから2021年に公開された研究論文(※1)では、1,118件に及ぶセラピストと患者のセッション記録から、CBTの質的評価を行うAIモデルを構築している。

 AIは自動生成の書き起こしテキストから、会話バランスや患者との関係性構築など、多面的要素からセラピストのスキルを評価することができる。CBTの質的評価には認知療法尺度(CTRS)と呼ばれる既存指標があるが、ここで構築された評価AIは結果の解釈性をさらに高めるため、一層のタスク細分化が行われていること、心理療法の複雑な性質のために「相互作用の文脈に大きく依存する」ことを考慮した「文脈依存言語モデル」を採用していることを特徴とする。

 CBTのセッション評価を自動化するAIシステムは評価プロセスの効率を高めるだけではなく、主観的となりやすい質的評価に一定の客観性をもたらすこと、評価者の介入なく問題点を明確化し、自己改善を促すことができること、結果としてCBT全体の品質担保とその向上につながることが期待されている。テキストベースで構築されたこのAIモデルは今後、音声解析技術との融合によって抑揚や間といった「話し方」を考慮した、より実際的な評価システムの構築につながっていくことが見込まれる。

 ◇慢性疼痛に対するAI駆動型CBTの有効性

 22年8月に、JAMA Internal Medicineから公開された研究論文(※2)も非常に興味深いので紹介しておきたい。慢性疼痛に対する認知行動療法(CBT-CP)において、患者の経過に関するフィードバックに基づき、AIを用いて治療内容を調整する新しい手法(AI-CBT-CP)がセラピストの時間投資を短縮しつつ、電話による標準的なCBT-CPと遜色のないアウトカムを達成できるのかを無作為化比較試験によって調査したものだ。

2021世界AI会議in上海=AFP時事

2021世界AI会議in上海=AFP時事

 本試験では、慢性的な腰痛を持つ278人の患者に10週間のCBT(CBT-CP、またはAI-CBT-CPへの無作為割り付け)が提供されている。その結果、AI-CBT-CPは45分の電話によるセラピストセッションと比較して、セラピストの時間投資を半分以下に抑えながら、Roland-Morris障害度質問票を用いた治療効果測定では「その治療効果に差がないこと」を明らかにしている。また、6カ月経過時点での評価においては、AI-CBT-CPを受けた患者は疼痛の強さ、および身体機能に「臨床的に意味のある改善」を示しており、これはCBT-CPと比較して有意にその割合が高かったことにも言及している。

 CBT-CPは単回のセッションで有効性を示すことは容易ではなく、繰り返し施行する必要があるが、特に米国の臨床現場においては「CBTを提供できるセラピストの数」が十分ではないため、本来的に治療を必要とする患者であってもCBTにアクセスできない状況が見られてきた。本研究論文で提案される新しい手法は治療効果を犠牲にすることなく、既存の専門人材リソースを効率的に利用することに資するもので、現実的な臨床課題に適応した有効なAI活用として注目を集めている。

 近年は、認知行動療法をスマートフォンアプリで提供しようとする事例が急激に増えており、「デジタル治療を介した心のセルフケア」は大きなトレンドとなっている。実際、新型コロナウイルス感染症の拡大は世界的なメンタルヘルスの悪化傾向を生み出しており、日常的に使える「手軽で効果的なケアツール」を望む人々も多い。半世紀の歴史と強力な科学的エビデンスを持つCBTはAIとの融合によって、その可能性を大きく広げようとしている。(了)

【引用】
(※1)Flemotomos N, Martinez VR, Chen Z, et al. Automated quality assessment of cognitive behavioral therapy sessions through highly contextualized language representations. PLoS One. 2021; 16:e0258639. doi: 10.1371/journal.pone.0258639.
(※2)Piette JD, Newman S, Krein SL, et al. Patient-Centered Pain Care Using Artificial Intelligence and Mobile Health Tools: A Randomized Comparative Effectiveness Trial. JAMA Intern Med. 2022; 182:975-983. doi: 10.1001/jamainternmed.2022.3178.

岡本将輝氏

岡本将輝氏

 【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米マサチューセッツ総合病院研究員、ハーバードメディカルスクール・インストラクター、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員准教授(データサイエンス・統計学)、東京大学特任研究員など。データアプローチによる先端医科学技術の研究開発に従事。

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