「医」の最前線 AIと医療が出合うとき

大腸病変の見逃しを防ぐ
~内視鏡検査のAI活用~ (岡本将輝・ハーバード大学医学部講師)【第12回】

 大腸がんは、日本のがん種別罹患(りかん)数が最多で、年間死亡数も女性の1位、男性の2位と、長年にわたり極めて影響が大きい。米国でも状況は変わらず、米国予防医学専門委員会(USPSTF)は2021年、大腸がんスクリーニングの開始年齢を50歳から45歳に引き下げ、さらに多数の人々をガイドラインに巻き込むことで大腸がん死亡と治療費の抑制に努めている。大腸がん、および前がん病変となるポリープの確立された検査方法として、大腸内視鏡検査と大腸CT検査がある。日本では40歳以上の健常者に対して便潜血検査を毎年実施することが推奨されており、陽性となった者が精密検査として大腸内視鏡検査(または大腸X線検査の併用)か大腸CT検査に進む。ただし、日本では大腸内視鏡検査が圧倒的に多く選択されており(大腸CT検査の実施施設が限られていることもある)、ある程度、術者の技量依存がある大腸内視鏡検査の精度を高めること、見逃しを抑制することは予後の改善効果の観点からも直接的な恩恵が期待できる。今回は、日本が誇る検査手技である内視鏡検査のうち、特に大腸内視鏡検査へのAI活用事例を見ることで、大腸がん検査に果たすAIの役割を紹介する。

「イグ・ノーベル賞」の授賞式で、座った状態での大腸内視鏡検査を説明する堀内朗氏(右)=2018年09月米ハーバード大学

「イグ・ノーベル賞」の授賞式で、座った状態での大腸内視鏡検査を説明する堀内朗氏(右)=2018年09月米ハーバード大学

 ◇日本の大腸内視鏡AI

 日本のAI医療機器は、これまで20超の機器が規制当局の認可を受けて市場に流通している。当然、そもそもの「AIの定義」自体が曖昧であることや日米の認可制度の違いもあり、単純な国際比較はできないものの、22年現在で500を超える米国市場の承認済みAI医療機器のリスト(※1)と比較すると、数はやや見劣りする印象を受ける。現状、医用画像解析が中心となりやすいAI医療機器にあって、日本もこの傾向は同じである一方、実施数および手技水準から世界に誇ることのできる内視鏡検査については、AI適用に関しても各社が率先して取り組んできた独自の背景がある。

 AIによる大腸ポリープの検出支援システムとしては、サイバネットシステムが開発し、オリンパスが発売したEndoBRAIN-EYEが筆頭に挙げられるが、同システムは内視鏡における病変検出用AIとして国内で初めて薬機法承認を得た製品としても知られる。内視鏡検査中の大腸病変の見逃しを抑制するため、大腸内視鏡画像をリアルタイムでAIが解析し、病変候補を検出すると警告を発する。あえて発見した病変候補の位置を特定することはせず、音と画面色によって警告を発するにとどめている。これは病変の発見を支援しながらも、最終的な診断を医師の判断に任せることで、より臨床医に寄り添った設計にする意図がある。臨床試験における性能評価では、感度95%、特異度89%という病変検出精度を示しており、臨床医のセーフティーネットとして有効に機能する可能性を示唆している。

 他にも富士フイルムやNECなどが大腸内視鏡検査中における大腸病変の検出支援システムで薬機法承認を取得して市販しているが、直近では医用画像解析AIで複数のシステムを提供するエルピクセルが大腸内視鏡AIでの承認取得と販売開始を明らかにしたことでも話題を呼んだ。今後、さらに国内における同領域の開発競争は進み、AIシステムの実臨床利用も一般化していくことが想定される。年間数百万件に及ぶ大腸内視鏡検査が施行されることを鑑みれば、大腸内視鏡AIは「一般市民が最も早期にAI医療機器の恩恵を受ける機会」の一つになる可能性も高い。

巨大な大腸のオブジェ「ジャイアント・コロン」。欧州の大腸がん患者らの非営利団体が作成。大腸内部には腫瘍(しゅよう)やポリープなどの病巣がリアルに作られた=2009年横浜市

巨大な大腸のオブジェ「ジャイアント・コロン」。欧州の大腸がん患者らの非営利団体が作成。大腸内部には腫瘍(しゅよう)やポリープなどの病巣がリアルに作られた=2009年横浜市

 ◇大腸内視鏡AI導入の経済効果

 上述のように、大腸内視鏡AIは高精度かつ安定的な病変検出を支援することで、長期的な大腸がん予防に貢献する可能性があり、このことは医療関係者を含めて一定のコンセンサスが得られている。加えて、スクリーニング目的の大腸内視鏡AI導入が、大腸がん発症率と死亡率にどれだけの低減効果を示すのか、また、その導入の費用対効果はどれほどのものであるかを子細に検討した研究論文(※2)が、22年4月にThe Lancet Digital Healthから公開されているので紹介しておきたい。

 米国の50~100歳、10万人の仮想コホートに対してマルコフモデルを用いたマイクロシミュレーションを実施し、内視鏡による大腸がん検診にAIを用いた場合と用いない場合の効果を比較している。結果、AIツールを利用しない通常検査では大腸がん罹患率の相対減少が44.2%であるのに対し、AIツールを利用することで48.9%の減少と、4.7%の有意な改善が確認された。同様に、大腸がん死亡率では3.6%の低減効果を認めた。AIツールの導入によって、年間7,194例の大腸がん症例、および2,089例の大腸がん関連死を追加的に予防しており、年間2.9億米ドル(日本円にして392億円超)の医療費が節約される試算となっている。

 当然、マイクロシミュレーションには算出に多くの仮定を伴うため、一定の不確実性を含むことには注意が必要となる。特に、大腸内視鏡AIの性能は臨床試験の成績に準じた設定となっているため、臨床現場で、その性能が常に維持されない場合は大きく結果が変わる。ただし、今後のさらなる研究開発と性能向上までを見込めば、本研究成果は「大腸内視鏡AIが大腸がん罹患率と死亡率の低減を通した、医療コスト削減戦略としても十分に有望」であることを示唆する興味深いものと言える。社会に対して巨大な疾病負荷をもたらす大腸がんに対し、今まさにAI関連技術が課題の解決策を示そうとしている。(了)

【引用】
(※1)FDA. Artificial Intelligence and Machine Learning (AI/ML)-Enabled Medical Devices. https://www.fda.gov/medical-devices/software-medical-device-samd/artificial-intelligence-and-machine-learning-aiml-enabled-medical-devices
(※2)Areia M, Mori Y, Correale L, et al. Cost-effectiveness of artificial intelligence for screening colonoscopy: a modelling study. Lancet Digit Health. 2022; 4:e436-e444. doi: 10.1016/S2589-7500(22)00042-5.

岡本将輝氏

岡本将輝氏

【岡本 将輝(おかもと まさき)】

 米ハーバード大学医学部放射線医学専任講師、マサチューセッツ総合病院3D Imaging Research研究員、The Medical AI Times編集長など。2011年信州大学医学部卒、東京大学大学院医学系研究科専門職学位課程および博士課程修了、英University College London(UCL)科学修士課程修了。UCL visiting researcher、日本学術振興会特別研究員(DC2・PD)、東京大学特任研究員を経て現職。他にTOKYO analytica CEO、SBI大学院大学客員教授(データサイエンス・統計学)など。メディカルデータサイエンスに基づく先端医科学技術の研究開発、社会実装に取り組む。


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