「医」の最前線 「新型コロナ流行」の本質~歴史地理の視点で読み解く~
入国制限を緩和せよ
~世界経済の再生に不可欠~ (濱田篤郎・東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授)【第28回】
新型コロナウイルスの流行が続いている中、各国で入国制限の緩和が始まっています。ワクチン接種を受けている者については、入国を許可するとともに「入国後の健康監視」を免除するなどの対応も取られています。こうした動きは、新型コロナの流行と共存しながら国際人流を動かし、経済を再生していくために必要なことです。日本では水際対策の一環として厳しい入国制限が取られていますが、ワクチン接種が国内外で広く行われている現状から、入国制限を緩和する時期に来ていると考えます。今回の連載では、日本がどこまで入国制限を緩和できるかを検討してみましょう。
ワクチン接種証明書
◇日本の入国制限の現状
日本では2020年12月に変異株が流行し始めたのを契機に水際対策が強化され、厳しい入国制限が取られてきました。現在でも外国人は特例以外の入国ができません。
日本人や特例で入国する外国人には、新型コロナ検査の「陰性証明書提出」が求められます。さらに「空港での入国時検査」が行われ、陰性であれば入国が許可されます。ただし、変異株が多発している国(9月20日時点で44カ国)からの入国者については、検疫所の指定する施設に3日間留まり、「入国後の検査」を受けなければなりません。そして、全ての入国者に入国後14日間、自宅などでの「健康監視」が義務付けられます。健康監視の状況は定期的にチェックされ、これに従わない者は厚労省のホームページに氏名が公表されてしまいます。
◇海外での入国制限と入国条件
それでは海外の国では、どのような入国制限が取られているのでしょうか。外務省の海外安全ホームページには、日本からの渡航者に入国制限措置を取っている国が掲載されており、その数は70カ国に上っています。例えば、オーストラリアやニュージーランドは外国人の入国を原則として認めていません。
外務省 海外安全ホームページ|新型コロナウイルスに係る日本からの渡航者・日本人に対する各国・地域の入国制限措置及び入国に際しての条件・行動制限措置
このリストによれば、多くの国が入国できたとしても何らかの入国条件を設けています。入国時の「陰性証明書提出」はほとんどの国が求めていますが「空港での入国時検査」はアジアの国で多く、欧米では、ほとんど実施していません。むしろ欧米では、「入国後の検査」に重点が置かれています。また「入国後の健康監視」は多くの国で行われており、その期間は1週間前後になっています。
◇海外でのワクチン接種者の緩和対応
このように海外でも入国制限を取ったり、入国条件を設けたりする国は多いのですが、最近はワクチン接種証明書の提示により、これらの措置を緩和する国が増えています。
例えば、ヨーロッパの国々では、接種証明書を提示すると、ほとんどの入国条件が免除されます。多くのアジアの国では、接種証明書を提示することにより、「入国後の健康監視」の免除や期間短縮をしています。
こうした接種証明書の提示による緩和措置の対象に、日本からの渡航者が入るかどうかは、二国間協定によります。現在までに30カ国以上が、日本からの渡航者に緩和措置を提供していますが、相互主義が原則になるため、日本も入国制限を緩和しないと、この動きに付いて行けないでしょう。
◇日本でも同様な対応は可能か
入国制限は、海外から国内への新たな感染者流入を阻止するために行われています。それを日本で緩和するためには、次の3点を検討する必要があります。
第1は世界的な流行状況で、今年7月ごろから始まったデルタ株の流行は、東南アジアなどでまだ拡大している国もありますが、全体的には落ち着いてきています。第2は日本の流行状況で、第5波が9月に入り、ようやく収束に向かいつつあり、東京などでの緊急事態宣言の解除が見えてきました。ワクチン接種完了率も間もなく6割になります。第3は新型コロナワクチンの効果で、デルタ株については既接種者のブレークスルー感染が起きていますが、一定の効果は保たれています。つまり、ワクチン接種を受けている人は、感染を拡大させるリスクが低いと考えていいでしょう。
以上の3点を鑑みて、日本でも緊急事態宣言が解除された段階になれば、接種証明書の提示を条件に入国制限を緩和できると考えます。ただし、制限緩和を適用する国は、流行がある程度落ち着いている国で、このリストを定期的に作成する必要があります。接種証明書についても、許容する接種ワクチンの種類をどれにするか、接種後の有効期間を何カ月にするかなどを決めなければなりません。
EUのワクチン接種証明=AFP時事
◇どの制限から緩和するか
具体的に制限が緩和された場合、接種証明書を提示した者には入国を許可することになります。私は入国時に「接種証明書」に加えて「検査陰性証明書」の提出を求めることも必要と考えます。これは既接種者のブレークスルー感染を探知するために有効です。
「空港での検査」は、接種証明書を提出した者には行わなくても良いと思います。この作業は空港検疫所の大きな負担になっており、今後、入国者が増えてくると業務の逼迫(ひっぱく)につながります。「入国後の健康監視」は期間の短縮を検討しても良いでしょう。むしろ、入国後に症状が見られたら、早めに新型コロナの検査を受けるように指導する方が効率的です。
◇再燃時の臨機応変な対応
以上の緩和対応は、現在の世界や日本の流行状況を勘案してのものですが、今後、流行が再燃してくるような事態になれば、臨機応変に入国制限を再強化することも考えるべきです。
今後の展開として危惧されているのが、ワクチン抵抗性の新しい変異株が世界的な流行を起こした場合です。日本だけでなく、世界各国も入国制限の再強化に動くことになるでしょう。現在、世界保健機関(WHO)は懸念される変異株にアルファ、ベータ、ガンマ、デルタの四つを指定していますが、これに匹敵する新たな変異株が出現してきたら要警戒です。
新型コロナの流行に伴う国際人流の停滞により、世界経済は大きな損害を受けました。これをコロナ流行前の状態に戻すには、ワクチン接種証明書を用いて少しずつ入国制限を緩和し、国際人流を回復させなければなりません。それを安全に行うには、流行が再燃しないよう、石橋をたたいて渡るような慎重さが必要なのです。
なお、米国は11月からワクチン接種証明書の提示を義務付けることで、ほぼ全ての国からの入国を許可することを発表しました。この措置は、今まで入国が禁止されていた国にとっては緩和になりますが、日本のように既に入国が許可されていた国にとっては、入国条件の強化になるでしょう。(了)
濱田篤郎 特任教授
濱田 篤郎 (はまだ あつお) 氏
東京医科大学病院渡航者医療センター特任教授。1981年東京慈恵会医科大学卒業後、米国Case Western Reserve大学留学。東京慈恵会医科大学で熱帯医学教室講師を経て、2004年に海外勤務健康管理センターの所長代理。10年7月より東京医科大学病院渡航者医療センター教授。21年4月より現職。渡航医学に精通し、海外渡航者の健康や感染症史に関する著書多数。新著は「パンデミックを生き抜く 中世ペストに学ぶ新型コロナ対策」(朝日新聞出版)。
(2021/09/23 05:00)
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