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医師も放射線機器を見たことがない
~がん3大治療の一つだが…~ 第8回

 筆者2人は大学病院で働く放射線治療の専門医です。手術、抗がん剤などの薬物療法と並ぶがんの3大治療の一つである放射線治療ですが、テレビの医療ドラマなどで取り上げられることも少なく、どのような治療がなされているかなど、皆さんが知る機会はほとんどないでしょう。学校でのがん教育出前授業はもちろん、医学生の指導でも、なかなか放射線治療の実態などは分かりづらいようです。そこで今回は、そんな放射線治療を紹介します。

 放射線治療はレントゲンやCTなどで用いるX線をはじめとして、陽子線や炭素線、電子線、α線、β線、γ線、中性子線などさまざまな放射線を用いて、体外や体内からがん組織を破壊する治療を言います。2011年の東日本大震災での東京電力福島原発事故や北朝鮮による核実験、ロシアによるウクライナ侵攻に際しての原発攻撃など、今では原子力や放射線に関する報道を毎日のように目にします。

 一方、教育現場に目を向けてみると、1980年ごろ、理科の時間数減による影響などもあり、義務教育の教科書から放射線に関わる記述が削除され、2010年ごろに復活するまで放射線教育不在の30年間がありました。高校の物理には、原子核や放射線などに関してある程度詳しい記載もありました。しかし、そもそも物理を学ぶ生徒の割合が少ないことや物理の授業においても放射線に関する実験が難しいことなどから、放射線のことを学ぶ機会がほとんどなかったと考えられています。現在の大学入試共通テストに当たる「センター試験」や各大学が独自で行った2次試験でも、ほとんど放射線に関しては取り扱われてきませんでした。

私にとって放射線は身近だ

私にとって放射線は身近だ

 ◇最低限の知識が不足

 放射線は日常的に宇宙から降り注いでいますし、放射線利用は医療における治療や検査以外にも、エネルギーとしての原子力発電や農業分野での品種改良や害虫駆除、工業分野での内部構造の検査や製品の加工、研究分野での利用などいろいろとあります。

 ところが、これまで触れてきたように、そもそも放射線治療以前に、多くの日本人は放射線についての最低限の知識が不足している可能性があります。がん教育を行う保健体育の教師が、自分が学生の時にがんについて学ぶ機会がなかったのと同様に、放射線の教育を行う理科教師も放射線について学んだことがない可能性が高いということです。学校の先生方の苦労がうかがわれます。

がん教育用に作成されたアニメから

がん教育用に作成されたアニメから

 ◇医療現場でも低い認知度

 がん教育、放射線教育ともに難しい中で、放射線治療について教えるのは簡単だという可能性があるでしょうか。答えは「いや、ない!」となります。というわけで、がん教育の中で放射線治療について触れるのはかなり難しいと思います。それは外部講師の立場でも同じです。

 放射線治療を受けたことがないがんサバイバーはもちろん、看護師や薬剤師、果ては医師であっても「放射線治療の機器を見たことがない」という人も多くいると、放射線治療医として実感しています。そんな実情を踏まえて、筆者たちが所属する日本放射線腫瘍学会では、21年度にがん教育用の放射線治療のアニメーションを作成しました。このアニメの作成には南谷も大きく関わりました。がんと放射線の基礎知識から臨床現場での利用法などを概説しています。時間も9分弱と短いので、興味がある方はぜひご覧ください(https://www.jastro.or.jp/animation/)。

 ◇教科横断的な指導へ

 日本では健康教育は保健体育という枠組みの中で行われますが、世界的に見れば、それが一般的というわけではありません。例えばフィンランドでは、保健の授業は物理や化学と並んで理科の一つに位置付けられています。私たちのグループで、上記のアニメーションを用いて学校の先生に実施した調査でも、がんについての理解は理科教師の方が他の教師に比べて有意に優れていたという結果が得られました。この結果を論文にまとめ、専門誌に投稿しました。

 生徒の視点に立てば、受験を除き、何をどの教科で教わるかの垣根は必要ありません。文部科学省は学習指導要領などの理念を実現するために、教科横断的な視点の必要性を指摘しています。私の授業にも保健体育や理科、養護などを問わず、手が空いている先生方が出席されていることが多いのです。さまざまな事柄に関して、教科横断的な指導が進むことは教育現場における重要な変化だと考えています。がん教育は、その先駆けとしての役割を果たすかもしれません。(了)

 南谷優成(みなみたに・まさなり)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任助教
 2015年、東京大学医学部医学科卒業。放射線治療医としてがん患者の診療に当たるとともに、健康教育やがんと就労との関係を研究。がん教育などに積極的に取り組み、各地の学校でがん教育の授業を実施している。

 中川恵一(なかがわ・けいいち)
 東京大学医学部付属病院・総合放射線腫瘍学講座特任教授
 1960年、東京大学医学部放射線科医学教室入局。准教授、緩和ケア診療部長(兼任)などを経て2021年より現職。 著書は「自分を生ききる-日本のがん治療と死生観-」(養老孟司氏との共著)、「ビジュアル版がんの教科書」、「コロナとがん」(近著)など多数。 がんの啓蒙(けいもう)活動にも取り組んでいる。


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